介護の4時代〜後編〜

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介護の4時代〜後編〜

2009年5月7日

『kinsan的介護の歴史』後編です。前編はこちら↓
『介護の4時代〜前編〜』



第3時代
『生活視点の時代』


とにかく、コムスンショックにて業界のサービス業的観点が薄れ、もてなしやホスピタリティという“顧客満足度”から、その人がより良く生きられる支援をすることが主流になってきました。

また、行政や世間の目も厳しくなる中で、3K労働による担い手不足や施設の閉鎖的経営等にも注目が集まり、業界としては厳しい状態といえるかもしれません。


そんな中で、介護とは?その人らしさとは?ということにスポットが当てられ始め、介護は個別の“生活”を整える専門職だ!という流れができ始めています。

ノーマライゼーションやQOL(クオリティ・オブ・ライフ)等、その人が本来の生活や、生理学的な人の生き方(排泄、食事、入浴等)を継続することで、生き生きする、元気になるという方法論が生まれてきています。

ただ、『世話をする』という介護から『その人の持っている力を最大限に引き出せるような環境を整える』介護
へと転換してきているのです。

結果的に、その人が元気に生き生きすることで、介護職の(言葉は悪いですが)労働的負担は減ることになります。※逆に、そのような生活環境を整えることには今まで以上に、かなり高度な専門性が求められるようになりましたが。


この、一人ひとりの方が元気に、生き生き暮らせる『生活視点の介護』が現在の介護の大きな流れと言えるのではないでしょうか?





第4時代
『寄り添いの時代』


第4時代は私が考える時代なので、あなたに伝わるように書けるか心配ですが、頑張りたいと思います。

現在の第3時代『生活視点の時代』すら新しい概念だったり、それまでの介護業界には無い考え方なので、更にその先を提案していくということはなかなか難しいと思います。



さて、私は現在の第3時代は“健常者視点”だと考えています。生活を整えることで『元気』『生き生き』『予防』『健康』『自立』が支援できることは確かです。それは良いことです。否定はしません。いつまでも続くならば『元気で生き生きと、老化や認知症を予防できて、健康で自立』していたいです。

しかし、いつまでもそれが続かないことはみなさん御存じだと思います。



前職で第2時代の現場にいた私にとっては第3時代の『その人の持っている力を最大限に引き出せるような環境を整える』介護には大変大きな魅力を感じました。

しかし、現在の職場では第3時代の介護を実践できているのです。もちろん失敗も多いです。しかし、職員全員、法人全体が、少しでもその人が元気に生き生きとしていられるような介護を提供し続けようとしていると自負しています。



しかし、第3時代を提供できているとなると感じることが『第3時代の介護ではカバーしきれない現実がある』ということです。


すなわち、『死』や『老い』、家族関係等の崩壊等による『挫折』への支援です。


現場で日々実践をしていると、そのご本人を第3時代の介護で最大限支援したとしても、どうしようもないものがあるという無力感を感じます。


特に



『老病による痛み、苦しみ』
『家族関係の挫折による痛み』





はその2本柱と言えます。



現代医学でも一度失った機能や能力を元に戻すことは容易ではありません。医師に「もうお歳ですからね・・・年相応ですね・・・」などと言われたら何もできません。


そのような老病による不便を第3時代の介護では、生活を整えることで少しでも自分の力で生きられるように支援します。



しかし、医学でも第3時代の介護でも癒せない痛みや苦しみがある事は現場にいるあなたなら肌で感じていると思います。



また、そのような苦しみや痛みを家族からも「年だから仕方ないでしょ」「お父さん(お母さん)より大変そうな人もいるんだよ」「毎日痛いって言わないでよ!」等と言われるとしたらどうでしょう?

ましてや、家族との関係性が冷え切っている方、崩壊している方ならどうでしょう?

いかに介護職が第3時代の介護を駆使しても“医療で元に戻せない痛みと苦しみ”“家族との関係障害による痛み”を治すことは至難の業です。

ここに、現在の介護職の一番の『無力感』があるのではないでしょうか?




そうです。



この2本柱の痛みへの支援が第4時代『寄り添いの時代』の介護です。



この二本柱を直すことは容易ではありませんし、避けて通ることはできません。そして、これは他者が代わってくれるものではありません。

つまり、その人本人が受け入れていかなければいけないのです。それは決して諦めて受け入れるというのではありません。
その辛い痛みや苦しみも含めて自分の人生は良かった!と思えるようにご本人がなること

です。


そのことはご本人一人では決してできません。それを支えることが第4時代の介護職の仕事であり、私が提案する新しい介護の専門性なのです。


一見人生の出来事を捉えなおして、前向きに生きることを支援するカウンセリングやコーチングのように聞こえますが、第4時代の介護は両者とは違います。それらの技法を使うこともありますが、第4時代の介護では、介護職が同じ“人”という立場、視点で寄り添う、人(とても極端に言ってしまうと、その人と関係性があるただの人として)という立場から行う支援なのです。


言葉が適切かわかりませんが、『パートナー』『隣人』という立場からともにその痛みを受け入れていく支援者になるのです。





まぁ、なんと抽象的で分かり辛い綺麗事でしょうf^-^;




しかし、うちの職場では暗中模索ですがこの第4時代の介護に取り組み始めています。これを体系化し、理論化し広めていくことが、介護の専門性新提案なのです。

難しいですよ。だって第4時代の介護のパイオニアになるつもりですから。全部1から作っていくんですから。


今後、団塊の世代や、苦しい戦時中を知らない時代の高齢者が増えるに従って、『できない』『我慢』『老い』『痛み』等の挫折を受け入れることがますます難しく、その落差が大きくなっていくことは必至です。

だって、老病等に抵抗して、抵抗して、抵抗して、抗って、医療と予防の力を最大限使って、アンチエイジングに励んだのに、その挫折に陥るのですから。。。



でも、第4時代の介護が広がれば、私たち介護職は本当にその人のよりよく生きるを支援できる、専門性をもったプロになれると信じています。

そして、その介護を受ける多くの人がこの世で自分の人生を良いものだったと思ってこの世を去れるようになるのではないでしょうか?




もちろん、家族関係も良好円満で、前日まで元気いっぱいで老衰で亡くなる“ぴんぴんころり”な方もいます。それを全ての高齢者ができるようにすること、または、全ての老病を完治させる医療が発達すること・・・・

その方が無理な気がしませんか?

それより第4時代の介護を身につける方が早い気がしませんか?



人の老病や痛みへの抵抗は著しく進歩しています。その功績は医学、生理学、栄養、保健、衛生その他の理論的科学的学問のおかげです。しかし、抵抗力を増すことはできても、勝つことはできません。それが私たち人が生きることの定めですからね。



それを受け入れて今と残りの時間をよりよく生きようとすること、そのような支援をすることの方がよっぽど理論的で人間的ではないでしょうか?


第4時代の介護を切り開いていきましょう!!



追記:下記元気の子さんからのコメント↓とそれに対する私の考えも含めて、この記事のメッセージをより良いものにするために、コメントまで読んでください。


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この記事へのコメント

第4時代というのはkinsanさんの主張しているスピリチュアルケアですね。

私は、このスピリチュアルケアは、
憧れの対象にこそなれ、目指すものにこそなれ、主流になってはいけないものだと思っています。

この意見の源泉は、
合気道の達人を目指すためには、フィジカルトレーニングは必要か?
という議論にリンクします。

合気道に憧れる多くの人は、
小柄な人が魔法のように大男を投げ飛ばす姿に憧れます。

で、その魔法は、プロレスラーやアスリートのように体を鍛えなくても、
特殊なルートを通って手に入るのでは、という幻想を抱かせます。

つまり強くなるための基本的なことをすっ飛ばして、
いきなり魔法の技を目指してしまうのです。

合気道の達人は、この考え方に「ノー」と言います。
達人の技とは、どのアスリートにも負けない鍛錬の後に少しづつ習得できるものだ!と。

kinsanさん自身も
「現在の職場では第3時代の介護を実践できているのです。」
とおっしゃっているように、
利用者の心身のコンディションを向上させるという介護のベースが出来た上で、
それでは補いきれない世界へと入っていくべきであって、
基本の勉強も出来ていない人間が、
いきなりスピリチュアルケアと言うのは危険すぎますね。
元気になれる可能性を十分に持っている人の可能性をみすみす潰すことになります。

よって、スピリチュアルケアを行おうとする者は、
通常のアプローチによって元気になれるかどうかということを見極める力が
最低限必要になると思います。

(一見パワーを否定した技術である)合気道を目指すにも、
まずは筋トレやランニングからということですね。

達人に技は主流にはならないという結論です。

勘違い武道家ならぬ、勘違い介護士の出現を防ぐためにも主流にしてはいけないとの考えです。

ただ、この技は、
介護という仕事に憧れるきっかけになる達人技としては君臨するかもしれません。

そういう独自の魅力はあります。

そういう意味では期待値大です。

と言うのが私の意見です。

言論の自由を謳歌しています。

Posted by 元気の子 at 2009年05月08日 00:54
元気の子さんコメントありがとうございます!

こういうコメント大好きです♪人からの視点で見ていただくことによってより自分の考えをしっかりしたものにできますね!

おっしゃるように、第3時代までの介護を全てすっ飛ばして第4時代の介護を身につけることは危険ですし、ナンセンスです。スピリチュアルケアは宗教的観点が多分に含まれているので、ややもすると『現世ではなく来世を楽しみにしましょう』等という安易なメッセージを与えてしまい、自殺や今への絶望を与えることになります。故にスピリチュアルケアは末期癌患者のホスピス(本当に死を真近にした)が対象だったのです。

また、スピリチュアルケアはある程度コミュニケーションや自我がクリアな人が対象であるため、重度の精神疾患、認知症の方等には難しいケアです。

なので、スピリチュアルケアのみが介護業界の主流になるということはおっしゃるようにあってはならない(というか成り得ない)と思います。


ここからは元気の子さんの指摘を受けて考えたことですが、介護の時代を4つに分けましたが、それぞれが独立分断されているわけではありませんね。

措置もまだ行われていますし、ホスピタリティやマナーが大事だということももちろんです。第3時代の介護は確実に必要です。加えて、第4時代の介護が加わることで、よりトータルに人の“介護”ができると考えてます。

人をトータルに・・・というと“ケア”という言葉が適切かもしれませんが、私は、ここまでトータルに人を支援することこそ“介護”と呼べるように“介護”という意義を高めていきたいと考えています♪

また、おっしゃるように、第3時代の介護の基盤があってはじめて、それでも介護しきれない人たちのニーズに第4時代の介護も用いるべきですね。

世の中では、まだ第2時代、もしくは第1時代の介護のみを行っている現場が多々ありますしね。。。

ご指摘感謝いたします♪いつもコメント嬉しいです♪こんな返事でいかがでしょうか?
Posted by kinsan at 2009年05月08日 07:09

はい。

見事にスウィングしています。

またスパーリングしに来ます。

Posted by 元気の子 at 2009年05月08日 10:33
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