痛みに隠された真の痛み

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痛みに隠された真の痛み

2009年6月10日

Aさん、90代女性。要支援2。ほとんど自立で、コミュニケーションも良好。デイでは家事活動や畑、何でもこなす方です。普段は街に映画を見に行くような方です。



そんなAさんは長女夫婦と同居されてます。

Aさんには五人の息子、娘さんがいらっしゃいます。


10年前にご主人が亡くなり、独りになったAさん。元々住んでいた新潟を離れ、今の長女夫婦と同居するようになりました。


同居に至るまでにはお子さん達の話し合いが幾度となく持たれたそうです。



誰がAさんの面倒を見るか……



そして、御長女様がAさんと同居することになったそうです。その代わり、御長女様はAさんに新築の家を建ててもらいました。




Aさんは自立され人付合いも良い方です。デイではスタッフがAさんを頼りにしてる面もあります。

そんなAさんですからあまりご自分の想いや身内の恥を打ち明けることはありませんでした。




しかしAさんがある日ポツリと言いました。


「kinsan、私ね、死にたいのよ……」


「えっ!!??」


「この頃死ぬことばっかり考えてるわ。お医者さんからもらった安定剤を飲まないで取っておいてるのよ。全部飲めば死ねるかなぁと思って…」



私は普段の活動的なAさんからは想像できない言葉に驚きました。



Aさんは少しずつご自分の置かれてる状況や心情を話してくれました。



長女夫婦の不仲、殺伐とした家族、お孫さんとのすれ違い、御長女様の会社の倒産……
家族内の関係崩壊によって会話もない家庭、次第に家族のストレスのはけ口が自分に向いてくること……



Aさんはおっしゃいました。



「私の面倒を見るって言ったのに、家まで建ててやったのに…こんな仕打ちをされるなんて思わなかったわ。あんな家にいるなら牢屋の方がまだましよ」


Aさんの怒りと悲しみが入り交じった言葉と涙が滝のように流れ続けました。。。



我慢の限界にきたAさんは家を出ることを決意されました。

しかし、御長女様と金銭的に揉めて、そのことがさらにAさんを苦しめていました。



Aさんは隣県に住む御長男の家へ逃げ込まれました。それ以来御長女様とは絶縁状態だそうです。



Aさんは御長男様と三ヶ月程同居されてました。

しかし、御長男様は既にご自分の息子さん家族と同居されていました。Aさんを含めた四世代で住むには家は狭かったのです。

しかも、二人目のひ孫さんの誕生、御長男様の奥様の脳梗塞など、御長男様家族も苦しい状況でした。

Aさんはご自分の最後の資産を使って御長男様家族に新しい家を買って差し上げ一緒に住まわれました。



Aさんがデイの最後のお別れに来るまで数回お話をしました。



私は御長女様に続き御長男様までもがAさんに金銭的負担と同居を交換したことに危機感を持ちました。


また同じことの繰り返しになるのでは……




しかし、次のAさんの言葉で私はAさんの痛みに隠された真の痛みを見たのです。



「私はね、もうすでに娘を一人亡くしちゃったのよ……」



私は御長女様との不仲、金銭的な争いによる苦しみや怒り、悲しみをAさんの本当の痛みだと感じてました。言ってみたら心理的な痛みです。

しかし、Aさんの真の痛みはその奥に隠されていたのです。



Aさんにとって御長女様はどんなに争って絶縁になっても、自分がお腹を痛めて生んだ紛れも無い子供なのです。

その血の繋がった子供と絶縁になったこと、二度と取り戻せないかもしれない関係を失ったことこそ、Aさんの魂の痛みだったのです。


Aさんはそんな掛け替えのない御長女様との関係修復、自分自身への償いを御長男様でやり直したかったのかもしれません。


もう一度我が子を信じる機会が欲しかったのかもしれません。




Aさん自身の訴えはほとんど御長女様の仕打ちやたくさんのエピソード、怒りや残りわずかな余生への不安、苦しみに終始してました。

私はそのことに対する痛みは充分に感じることができました。



しかし、自分自身でも言葉にできない、明確に自覚していない真の魂の痛みがあるのです。


Aさんの魂の痛みを感じた瞬間、私は身が引き裂かれる想い、胸が痛くて締め付けられる体感をしました。そして全身に鳥肌と震えが起こり、涙が溢れました。



「死にたい…と言ったAさんの中にはこんなにも深い魂の痛みがあったのか……」




人の痛みには本人すらも言葉に言い表せない魂の痛みがあります。

そして魂の痛みは表明化した状況や本人の訴え、様子観察や、情報から見える痛みに隠されていることが多いです。


人の魂の痛みに触れてから本当の介護職として、人としての支援が始まるのです。。。



Aさんのその後はまたいつか…
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この記事へのコメント
正直言って、中途障害者のおいらは
高齢者の方に「五体満足に老いられてよかったじゃん」
みたいなやっかみがあったのでがんすが

パワリハでお年寄りとかかわったり
ブログでご高齢の詩人とブロ友になれたりして意識が変わったでがんす


中途で病気したとか 障害者になった って事はべっこにしても

「歳を重ねる 老いる」
生きるって事って 楽しい事や嬉しい事も多いけど
それ以上に頑張らねばならない事や
我慢 苦労しなければならない事が多い筈

生きてきた 歳を重ねてきた 生き抜いてきた って事は
それだけで尊敬に値する と思えたでがんす

老いる 生き抜く、、、計り知れないものがあるのでがんすね。
Posted by 武ちゃん at 2009年06月10日 11:38
武ちゃんさんコメントありがとうございます!

人はそれぞれその人の生き方があり、表面的にも潜在的にも見えたり見えない様々なものを抱えて“現在”があるんですね。

しかし、抱えているものが大きかったり重くてもそれが偉いわけではないし、小さかったり軽くても偉くないわけではないと思います。

確かに、武ちゃんさんの最初の一言は私にとって盲点でした。

しかし、武ちゃんさんはそこから学び、自分らしい現在と未来を作ろうとされていらっしゃる。そこにはたくさんの方々の支援や応援があったことと思います。

でもそれができない人もいる。

だからこそ、目の前にいる人に対して自分が最大限出来ることをしたいと思うのです。

武ちゃんさんとの出会いは私自身も成長させていただいています。


老いる、生きる、死ぬる(という言葉があるそうです)・・・正面から向き合いたいですね!

いつもありがとうございます!
Posted by kinsan at 2009年06月11日 10:38
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