介護の評価はどうあるべきか?

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介護の評価はどうあるべきか?

2009年10月10日


新しいカテゴリを作りました。


『介護議論』


よく「議論が必要」とか「深める必要」と書いているのに、あんまりできていないことに気付きました。

本日の書きました記事、『学びを深めることは良いことだが・・・』に対して読者の方からコメントを頂戴していて、色々な方から意見を頂戴しやすい記事を書いてみようかと思いました。


よくある『掲示板』的なものですね。


続くか、盛り上がるかわかりませんがやってみます。お気軽にあなたのご意見を書いてみてください。よろしくお願いいたします。



第一回テーマ

『介護の評価はどうあるべきか?』

私たち介護職が介護を提供したことによって何らかの変化や好転が利用者さんにあらわれるはずです。私たちはお給料をもらってい、意図的に介護を提供しているのです。

専門的職業と言われるためには、その提供したことにどんな効果があったのか?どんな変化が生じたのかが客観的に表されなければなりません。

そこで、この個別性が高くて良いか悪いかの判断がそもそも利用者本位であるという介護業界において、評価とはどうあるべきか?

逆に、いやいや!そもそも介護に評価は必要ないと思う!!などなど

そんなことに関してご意見をコメント欄に頂けたら嬉しいです。

よろしくお願いします。。。


コメント欄が閑古鳥だと切ないですが・・・まぁ何事もやってみる!!(^−^)

持論はコメント頂戴できたら書きます♪
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Category 介護議論

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この記事へのコメント
こんばんわ。前記事では熱く語らせていただいてありがとうございました。一応、考えの一致をみたということで(笑)
さて、このテーマですが、正直自分は語れません。なぜなら、自分の考えは・・・
☆自分の好きなことをして、それを喜んでくれて(だいたい・・)、おまけにお金までもらえてしまう、いい仕事だな〜。
☆自分が考える評価は、利用者さんやご家族の笑顔、自分への温かい言葉、無視されてた利用者さんが話してくれた!等々・・。
とても不純な動機で仕事をしており、客観的な評価は求めていないからです(ケアマネとしてはあるまじき・・・)。
また、最近流行っている(?)エビデンスも、介護には無数のエビデンスがあり、とてもまとめられるような物ではない、とも思っています。
医療や看護のようにエビデンスをまとめられないのは、ある意味当たり前のことで、何故かと言うと、介護には「心を感じる」ことが必要だからです。医療や看護のエビデンスにはこの部分がありません。よく医師を揶揄する言葉に「身体を診て人を見ず」というのが言われますが(もちろん、そんな医師ばかりではありません)、介護の領域は「人の生活」です。そんな千差万別、利用者さんの人数だけ、さらにその時々で変わる「心」を見るんですから、エビデンスは無数にあるけどまとめられるような物ではない、という考えなんです。
ただ、そうは言っても、「客観的評価」がなければ、介護の専門性の認知、介護職の社会的評価の獲得はあり得ない話だとも思っています。
現状、数値で表せる可能性のある客観的評価としては、「要介護度の改善」「介護給付費の減少」くらいしか思いつきません。
うまくまとまりませんが、レスしていただいて議論になれば、多少はまとまっていくかもしれません。
Posted by gitanist at 2009年10月14日 20:37
gitanistさんお返事遅くなりごめんなさい。

介護とエビデンスと専門性と評価はよく考えているテーマです。

一般的に専門性にはエビデンスや評価がついてきます。しかし、介護にその概念があてはまりにくいということも十分わかっており、悩んでいるところです。

ちなみに、gitanistさんのおっしゃる「心」ですが、心の働きはすなわち全て“脳”に起因するとして、脳科学の分野から科学的エビデンスを導こうという動きもあるそうです。。。

今後科学的証明ができるかもしれませんが、味気ないですよね。

アメリカではQOLの数値化や評価軸の研究やスケールがあるということですが、研究者の方にうかがったところでは、万人の納得を得られるものではないそうです。

おっしゃるように、要介護度の改善によるものさしで介護に取り組んでいらっしゃる方もいます。要介護認定自体が疑問的なものですが、取り組みとしては確かに元気(要介護を改善)にしようと専門的アプローチを試みられています。

さて、私はというと、エビデンスも評価軸も必要だと考えていますが、最終的に善し悪しの判断が下されるのは本人の主観ですね。

この主観で今受けている介護が良いものかどうかが判断されることがまず大事かと思います。

すると、この人一人の主観をどう客観化するかということですが、私は『主観の積み重ねによって客観に近付ける』という方法をとっています。

つまり、その人を見るスタッフ、他の利用者、家族、他職種、他事業所等の情報(これもそれぞれの主観です)を照らし合わせて総合的に見た時、その人の主観に近い客観的意見が導かれるのだと思います。

これは近日記事にしてみますね。


その導いた客観的主観の変遷を見ていくことで、良い介護、効果が表れている介護が表現できるのかと思います。
Posted by kinsan at 2009年10月16日 20:04
こんばんわ。
>エビデンスも評価軸も必要だと考えていますが、最終的に善し悪しの判断が下されるのは本人の主観ですね。
同意です。
>その人を見るスタッフ、他の利用者、家族、他職種、他事業所等の情報(これもそれぞれの主観です)を照らし合わせて総合的に見た時、その人の主観に近い客観的意見が導かれるのだと思います。
これは、不完全なものですが、かなふくの「サービス評価」が近いものですね。
記事を楽しみにしています。
Posted by gitanist at 2009年10月16日 22:37
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