なぜ帰宅願望が無くなったか

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なぜ帰宅願望が無くなったか

2010年1月31日


今日はアルツハイマー型認知症を患い、帰宅願望のあったKさんが私のデイサービスで穏やかに過ごされるようになるに至った経緯から、その要因を考えてみたい。

Kさんは温和で笑顔が絶えない女性。気遣いや優しさが溢れていて、お年を召しても可愛らしさがある方だ。ADLは自立している。しかし、夕方近くになると「それじゃぁ、この辺で」「ご飯の支度がありますので」「どうもお世話になりました」と非常に丁寧にお辞儀をして帰ろうとする。
他のデイサービスでは、Kさんのこの行為に関して他の利用者から矢継ぎ早に制止の声が上がり、Kさんの表情は強張り、余計に願望が強くなったということだ。職員はKさんの帰りたいという目的に寄り添おうとしたが一向に収まらなかったという。こんな状況を繰り返すため、Kさんはデイサービスを断られ続けて私たちのところへ辿り着いた。担当ケアマネも「困難ケース」として紹介してきた。


認知症の帰宅願望には目的があると言われている。その人の感じている世界に入って一緒にその目的に沿いながら対応することが良いと言われている。しかし、全ての場合に目的があるわけではなく、脳の器質的障害等それ以外の理由もあるらしいので、一概に“寄り添っていれば良い”わけでは無い。

Kさんの場合、3回ほど様子を見ていると次のようなことがわかった。

・お昼を食べ終わってから帰りたくなる
・ここがどこかわからない
・何故いるのかわからない
・帰る口実は「家でご飯の支度をしなくっちゃ」、「やらなくちゃいけないことがある」


Kさんは独居だが、隣家の親戚が全て面倒を見ている。したがって口実はあくまでも口実である。スタッフ全員のアセスメント情報を共有した結果、Kさんは『帰る目的がある』のではなく『デイサービスにいる目的が無い』ということになった。つまり、自分の世界の帰る目的に向かって一心不乱なのではなく、見たこともない場所に居続けることへの不安がKさんの帰宅願望の一番の要因だと推定される。


これによりKさんへの支援は何かを担っていただく役割支援と仲間作りの関係性支援に重点が置かれ、『いる意味』『会う意味』によってデイサービスを自分の居場所と感じていただくことが最初の目標になった。しかし、結果は失敗の連続だった。

洋裁の先生をしていたKさんに縫物や家事活動をお願いした。快く取り組んでくれたものの、それが終わるとやはり帰りたくなった。取り組んでいる最中も笑顔で「なんで私こんなことしてるんでしょ?」と発言があったことからも“やらされ感”が強いことが分かる。

また、同程度の認知症を持つ方々や住まいが近い土地の方との関係性を築こうとしたが失敗した。前者は会話が弾み良い雰囲気になるものの、やはり「じゃぁそろそろ」となった。後者も話題として盛り上がることはあるが、時が経てば「じゃぁそろそろ」となる。


これを打開してくれたのが、Sさんだ。彼女は我が強くて、思った不平不満をストレートに言い、これまた多くのデイサービスを断られてうちへ辿り着いた。

Sさんは麻雀が大好きだったが、うちで開催するにはどうしても一人面子が足りなかった。ダメもとでKさんに聞いてみると「昔よくやったよ」という返事があった。しかし、キツイ物言いのSさんがKさんの帰宅願望を前にしたらKさんへの非難の嵐が予想された。「一度やってみましょう」というスタッフのその場の話し合いで麻雀が開催された。

ふたを開けると、若干ルールを忘れて手間取ったKさんをSさんがフォローしながら円満にゲームが進んだ。終わってからも、二人は身の上話や互いの体のことをずっと語り合っていた。Kさんの帰宅願望はその日一度も聞かれなかった。
これをきっかけにKさんとSさんの関係性が深まり、安心感を得たKさんは他の利用者とも関係が深まり、役割も積極的に担うようになり、帰宅願望は無くなり、デイサービスが記憶に残るようになり、毎回楽しみに来るようになった。しかも、最近はかなり前に行ったデイサービスのイベントを覚えている等、記憶に関する力が若干回復されたように見られる。



さて、Sさんという一人の存在がKさんの不安を取り除いてくれたことで、Kさんの帰宅願望は無くなった。これは逆に「Sさんがいなければ無くならなかった」と言えるかもしれない。偶然の産物と言えるかもしれない。しかし、この結果からいくつかの要因やミスを抽出することで、一般的なことが言えるかもしれない。

一つ目は私たちスタッフが諦めなかったことがある。【熱心に関わり続けること】

Kさんの帰宅願望によって、デイサービス全体の雰囲気が乱れてきても、私たちはKさんを断ろうとは思わなかった。どうすればKさんにとって安心できる居場所になり得るかを模索し続けた。


二つ目はKさんを厄介ものにしなかったこと。【歓迎すること】

困難ケースと紹介されたKさんだったが、私たちは積極的に他の利用者との関わりの機会を設けた。「あの人変な人ね」という利用者の声も多かったが、それでも、Kさんという人を受け入れ、隔離や特別扱いをせずに支援した。


三つ目は情報の見落としである。

色々な関係性を築こうとしたが、実はSさんとの接触は一番最後だった。キツイSさんと温和なKさんがまさか合うとは思わなかったのだ。したがってKさんと状態、環境等が近い利用者との接触機会を優先した。
しかし、思い返すとSさんは全く関係ないところで次のような発言をしている。

「私と一番仲良しの御近所のお友達が亡くなっちゃったの。とっても寂しくてずっと泣いてたわよ。え?そのお友達?私と正反対の性格で優しくておとなしい人よ。でも何故かウマが合ってたのよね」

このような些細な発言の中に、SさんとKさんを結びつける可能性が含まれていたのに、見落としていた。もっと早くこの情報を盛り込んだ上で支援方法を精査していたら結果は早かったかもしれない。


四つ目が一番大きい。我々スタッフがKさんの主体性を考慮していなかったことだ。

我々がKさんの中に「デイサービスにいる意味が無い」という想いを見出した時、そのニーズを「デイサービスにいる意味を作る」ということに設定した。そして役割支援や関係性支援を行った。しかし、それはスタッフ側の意志でKさんに“意味を持たせよう”としていたことに他ならない。Kさんをデイサービスに“いさせよう”としていたのだ。
このスタンスがあることは支援の見えない部分でかなり大きな影響力を持ってくる。それがKさんに伝わり、暗黙のプレッシャーになっていたのではないかと考える。

これを持っていても持っていなくても、行う支援方法は役割支援や関係性支援として変わりはしなかっただろう。しかし、我々が「Kさん自身が主体的に“デイサービスにいる意味を見つけられる”ような支援をする」というスタンスであったならば見えざるプレッシャーはもう少し緩和されたのではないだろうか。


個別性が大前提の介護であるため、Kさんの事例を他の全ての方の帰宅願望解消に使えることはない。しかし、今回考察した4つはどの人にも当てはまることだと考える。

熱心に諦めずに歓迎して関わり続ける。情報を勝手に取捨選択せず、持ちえる可能性を精査する。その人の主体性を尊重する。

考察すると出てくるし、教科書にもあるようなことだが、実践になるといつの間にか忘れてしまう。なぜうまくいったか?良く見直せば、それは無意識にせよ当り前のことを当たり前にやっていたからに他ならない。当たり前のことをいかに現場で実践できるか?これが介護の難しさであり面白さだろう。

しっかりと見まわしてみると、実はあなたの現場にもSさんのような存在、可能性が発見できるだろう。それを信じて探し続けることがプロの介護職に求められることだろう。
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Category 認知症

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この記事へのコメント
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 この記事での、ケアのあり方こそが、これからの介護業界全体に必要な事だと感じました。
 ご利用者の居場所、生きることを本人の意思を中心に、意欲的に生きる事を支える。
 プロとしての援助をチームとして行う。

 私は特養の職員ですが、入所者の方々を、今一度見つめなおしたい。関わり方を考え直していきます。

“そこで生きる意味。”すばらしい例を読ませて頂きました。
Posted by ウエッティ at 2010年01月31日 14:01
ウエッティさんコメントありがとうございます!

お褒めの言葉を頂き恐縮です。
ただ実際は、靴を履いて出て行ってしまったKさんと一緒に周辺を一周したり、「帰ります」というKさんをうまく説得しようとあの手この手を使ったこともあります。非難をする利用者さんにご説明したり・・・現場はこんなに綺麗ではありませんでした。変化する状況の中でがむしゃらにやったというのが本音です。

その中で4つのことが見えてきたのです。特別なことではなく、記事にも書きましたが当たり前のことです。どんな現場であっても教科書にあるような『その人らしさ、尊厳、主体性、自立』を実践したいと考えているはずです。しかし、それがうまく機能しない、人間関係、人手不足でやりたくてもできないというジレンマを抱える職員も大勢いると思います。

でも、だからといって手を抜いてよいはずはなく、私たちはできる最大限のパフォーマンスを出さなければいけないのですよね。

ウエッティさんもきっと特養で素晴らしい仲間と素晴らしい介護を展開してくださると信じています。共に介護職として誇りを持って利用者さんへの最高の介護を提供しましょう!!
Posted by kinsan at 2010年01月31日 16:33
この方のどこが「困難ケース」なのかなぁ?

「困難」って思っちゃうことで「困難」にしちゃってただけだと思うんですが・・・。受け止め方一つで違いますからね。kinsanは「困難」と思いましたか?思わないでしょう。

ちなみに4つ目は、どうなんでしょう?

>「Kさん自身が主体的に“デイサービスにいる意味を見つけられる”ような支援をする」

ための試行錯誤であったのでしょうから、失敗とか間違いでもなかったように思いますが。まぁ、相手のことを思って一生懸命になりすぎると、それが相手にはプレッシャーになることもある、ということは往々にしてありがちですけど。

とにかく、こういう関わりができることって、当たり前といえば当たり前なんですが、その当たり前のことが当たり前じゃない(ことが多い)現状。Kさんはほっとスペースにたどり着いてよかったですね。
Posted by gitanist at 2010年01月31日 19:02
gitanistさんコメントありがとうございます。

Kさんは認知症の症状から見た周辺症状としてはとても軽い方だと思います。おっしゃる通り、「どうしてこの人が“困難”という扱いを受けるのか!?」と疑問に思いましたし、悲しくなりました。

一時大変なこともありましたが、困難ではありません。私は困難ケース、問題ケースという言い方は嫌いです。それは介護職側にとっての困難、問題という意味ですからね。

「大変だから行き場がなくて困っているのに、大変だから断られる」なんて本末転倒もいいとこです。私たち介護職の仕事はそんなに利用者さんを選ばざるをえないくらい情けない専門性しか持ち合わせていないのでしょうか???と思います。


さて、4つ目ですが、実は非常に危惧するところだと考えています。

このスタンスが無いと、プレッシャーになることはもちろん、「こんなに一生懸命やっているのに、なんでこの人は!・・・この人が悪いんだ」といつの間にか相手に責任転嫁をしてしまう可能性があるのです。心理学にこういう法則があったと思います。恋愛やストーカー心理と似たものですね。尽くしているのに、結果がでないと苛立つということです。

いくら良いケアをしていても、このスタンスを忘れてしまうと、弱い人間の心理法則に乗ってしまう可能性が誰にでもあるので、このことが大事だと思いました。

もしかしたらKさんを断ったデイサービスでもこの心理法則に陥っていたのかもしれませんね。
Posted by kinsan at 2010年02月01日 06:42
おもしろ〜い!関係性の支援の方法は個々それぞれだけれども、いくつもいくつもケースを扱ううちに、なんとな〜く共通点や似たところが見つかって、ノウハウみたいなものがつかめてくるに違いありませんね。私ももっともっと「関係性」に注目しよっと!
Posted by ぐう at 2010年02月01日 21:28
ぐうさんコメントありがとうございます!

関係性支援は施設介護実践の中から生まれてきたように感じています。一対一の訪問介護の場合、ヘルパーと利用者さん(家族もいますが)の関係を深めることはリスクもはらんでいるとよく言われます。しかし、だからといってプラン上で決められた業務だけを淡々とこなすだけでは良い介護でないのは想像できますね。

もう少し訪問における関係性というものを考えないといけないなぁと私も感じています。ヘルパー業務は久しくしていないので、感覚が薄れてきていますが、同じ介護として普遍的なものがあると思うのです。

そして、個別性が大前提の介護ですが、おっしゃるようにパターンというか、似たケースから見いだせる共通点、突破口等をうまく使いこなせる暗黙知を表現していけたらと考えています。

ぐうさんの現場目線のブログ、いつも拝見しています。私も勉強させられています。ありがとうございます!
Posted by kinsan at 2010年02月02日 06:20
グループホームで働いています。
認知が軽い方が最近入居され、家に帰りたいと悩む姿を見るのがとても辛い毎日で、どうしたらいいのか悩んでました。
でも読んで少し勇気がでました。
頑張って主体的な立場にたって頂けるように努力したいです。

でも、家に帰りたくなった時に タクシーがつかまらないとか、そういう嘘方便で切り抜けているうちに信用されなくなってしまいました。
家族からは、奥さんが入院してるから会えない、という事にして。と言われているので本当のこと(奥さんが会いたくないと言っている)はご本人には絶対に言えないので、どうしたらいいかすごく悩んでいます。
Posted by ここな at 2013年07月29日 02:00
ここなさん、コメントありがとうございます。ご返信遅くなり大変申し訳ございませんでした。

ここなさん、この記事を書いている頃が2010年なのですが、今は私は小規模多機能に転職しました。認知症の方へのケアが中心です。

当たり前ですが、事業所では嘘をつかない、ということを大切なことにあげています。ですから、私も少々難しい局面がありましたが、努めて正直に利用者さんにはお話するようにしております。

家族ニーズが本人ニーズとぶつかる時、私も正直毎回困っております。
しかし、今の事業所では、ご本人に嘘はつけかない。真実を伝えさせていただく、ということを家族にしっかりと話すようにしています。
契約の際が最も大切ですが、家族をお客様ではなく、ケアチームとして捉え、その自覚を持っていただくように説明をしている上司を見て、利用者主体ということを改めて学んでいます。

グループホームですと入居するわけですし、帰れないという大前提がある分、小規模多機能よりも困難さがあるかと思いますが、であるならば、なおさら、家族と相談し、本人に真実を話していくケアをしたいですね。

本当に難しいことだと思いますが、嘘を疲れていること、はぐらかされていることはご本人が一番わかっていると思います。
Posted by kinsan at 2013年08月13日 18:53
お返事ありがとうございました!
あの後、利用者さんが奥さんとお会いになり、お話をされました。
その後、ずいぶん穏やかになられて本当に嬉しく思っています。
うちもケアマネが「嘘はつけない」っていうふうに契約時にして下さるといいんですけどね〜・・・

話は変わりますが、食事の時に、利用者さん主体で献立から買い出しまで行って頂けるような企画を今練ってまして、近々上司に報告するつもりです。
この企画をぜひ通して、利用者さんに、もっと主体的になって頂きたいと思っています。

この他に もし 利用者さん主体な事例やアドバイスがあれば、ぜひ教えて下さい!
お願いします (*^_^*)
Posted by ここな at 2013年10月12日 15:56
ここなさん、コメントありがとうございます。

利用者さんのご様子が良い方向になられたようでよかったですね。
色々と試行錯誤してここなさんたちスタッフが取り組まれた結果だと思います。

さて、いま企画段階のこと、とても素敵ですね。
色々と取り組んで成功体験をたくさん味わってください。利用者さんのキラキラしたご様子を見るとさらに頑張ろうって思えるはずですよ。

利用者さん主体ということですが、一番基本的なこととしては利用者さんの声から「〜したい」ということがあれば、実行すればいいと思いますよ。
「○○が食べたい」「▽▽へ行きたい」そのためには日常生活上の媒体を活用して、相手の「〜したい」を引き出すことがポイントですね

単純かもしれませんが、利用者さんが「〜したい」とおっしゃったことを実行できることができるだけでもグループホームでは大きな挑戦ではないでしょうか?

まずは、ユニットの利用者さんの「〜したい」を集めてみては?簡単に30個くらい出てきそうですよね。
Posted by kinsan at 2013年10月15日 18:46
>相手の「〜したい」を引き出すことがポイント

そうですよね!そのとおりだと思います!

なんか、目からウロコです。

そんなシンプルなことを見逃して 主体性という言葉ばかり こだわっていました。

利用者さんがしたいことを実行できる 環境づくり・・・

シンプルだけど とっても大切なこと・・・

スタッフから 反対意見も 出るかもしれないけど・・・

がんばって スタッフに 理解してもらいながら

30個目指して頑張ってみます! 

ありがとうございました!
Posted by ここな at 2013年10月16日 06:55
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