知識の陰と陽

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知識の陰と陽

2010年2月13日


膨大な知識は人生そのものを豊かにし、時に悩みや課題の解決になる。知識は人を惹きつけ、知識を持つ人は人を惹きつける。しかし、知ることが時に思わぬ結果を生み出すことがある。
そんな知識の陰と陽をある利用者Tさんとの事例から考えてみたい。


Tさん女性、要介護1、独居。難病を抱え、常に全身の痛みをこらえながら生活をしている。その身の上話を聞くと、「この人よりも辛い体験をして、なおかつ強く生き続けられる人がいるだろうか?」と自問したくなるほど、壮絶な人生を歩んでいる。幼少期における両親の他界、修道院生活、幼くして働いた看守生活、囚人たちとのやりとり・・・

Tさんは自己主張の激しい方だ。思ったことをすぐに口にし、悪口雑言が次から次へと出てくる。故に人間関係に躓いて生きてきた。しかし、その壮絶な人生や現在の激痛に耐えながら生きる苦しみを知るほど、彼女の性格は辛さや弱さの裏返しだと解釈できる。

スタッフ一同、そんなTさんの現在過去の背景を理解しているので、そんな弱みを認めつつ彼女の強みや良さを存分に引き出して、自由かつ自分らしく過ごしていただけるような環境を提供しているつもりだ。
事実、彼女はとても社交的で明るい。その性格によって隅で暗くなりがちな人や、視覚障害の方や、失語症の方など、困難を抱える人にいつも声をかけて元気づけてくれる。関係性の重要性を行動で示して下さっている。



しかし、ある時から些細な行き違いでTさんがデイサービスの仲間のEさんを攻撃するようになった。直接的なことはないが、Eさんの陰口を周囲の人に言いふらすようになった。
丁度遠方に住む家族との関係が悪化したり、体がさらに悪くなってきたこともあり、そうした環境変化のはけ口がEさんに向いてしまったのだろうとアセスメントした。スタッフ一同、最近はTさんの強さを頼ってばかりで、そのようなTさんの想いに寄り添いきれていなかったことに気付いた。

『個別的にお話を聴く時間をとろう』『その痛みを分かち合う機会を作ろう』『Tさんの活躍の場を設けよう』そのように方向性が固まっていった。


しかし、Eさんへの怒りは次第にエスカレートしていった。私たちのアセスメントや支援方針が間違っていたと考え、Tさんについてのカンファレンスを開いて話し合うが、どうしてもTさんへのこれ以上の支援方法が見いだせなかった。今のTさんに必要なことは寄り添うことではないのか???


この現状を上司に相談したところ、意外な言葉が返ってきた。

『Tさんは、人生経験や現状での生活背景からそのような状態にあるのではなくて、もしかしたら脳の器質的な問題があったりするかもしれないね。それとも別の理由もあるかもね。この本を読んでごらん』と一冊の本を勧めてくれた。


『パーソナリティ障害』


言葉を聞いたことがあったが、詳しくは知らなかった。極端に要約すると『著しく偏った考えや極端な行為、思い込み等によって社会生活や人間関係に支障をきたすような状態の人』である。

「ちょっと変わった人?」という印象の人に潜むものだ。

読み進めていくと、Tさんの言動にぴったりの事柄がたくさん出てくる。こうしてパーソナリティ障害という知識を持っていることで、Tさんへのアセスメントや支援方針がかなり変わってくる。
「大変な人生の中で心に痛みを負っている。だから寄り添うことが第一だ」という支援方針では良い方向にいかないと思えてくる。


知識の量は、より多くの選択、可能性、視野、方法をもたらしてくれた。知っているのと知らないのでは雲泥の差だ。

認知症ケアが良い例だろう。かつては単なるボケた問題人間として扱われ、自傷他害を防ぐために拘束することがその人のためになると思われていた。しかし、認知症が一つの病態(この辺は意見が分かれるが)として解明が進み、知識として形成されてくると、ケアの在り方が180度変わった。


しかし、ここで知識の陰の部分が見えてくる。

認知症を病態、病気、脳の器質障害、その他と“知識として捉える”ことに異を唱える人がいることを見ればわかる。

つまり、形式知として確立し、知識として獲得すると、それによってその人を理解したような錯覚に陥ってしまうのである。

事実、私もTさんの異様な言動を「彼女はパーソナリティ障害なんだ」と決めつけて、それによって理解したつもりになっていた。Tさんの異常さ、自分の価値基準で判断できない得体の知れないものに触れる恐怖を、知識によって抑え込み、安心しようとしていたのだ。
言い換えると「レッテル貼り」によってTさんを理解し、安心したいという私の中の心理が働いているのだ。


このことを上司に指摘された。


知識がある前はあれほど、Tさんの背景を知ろうとし、寄り添おうとしていたのに、知識を持った途端に、それらを考えることを止めていた自分に気付いたのだ。一番大切なことを見失うところだった。
あくまでも知識で得たことは、Tさんを構成する一つの要素、部分にすぎない。しかし、その一つによって全体を理解できたと思いこんでしまっていた。

解けない問題に大きなヒントをもらった途端、もう解けたような気になって、それ以上取り組まなくなる・・・



知識にはこのような陰と陽がある。そのことを忘れないでいれば、知識の陽を使いこなし、陰の落とし穴にはまることはないだろう。しかし、これが難しい。何故なら、このこともまた一種の知識だからである。

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この記事へのコメント
kinsanへ

 よい視点ですね。私も気付かされました。ありがとうございます。

無知は罪ですが、知が全てではない。ということでしょうか?

ただ、私たちは“手をさしのべる”ことを忘れなければよいのでは。

知を得て、智となす努力が大切だと思います。私も励みたい。
Posted by ウエッティ at 2010年02月13日 16:09
ウエッティさんコメントありがとうございます!

>知が全てではない。ということでしょうか?

そうです。そのようにお伝えしたかったので、嬉しいです。

そして人として援助職として
>ただ、私たちは“手をさしのべる”ことを忘れなければよいのでは。
>知を得て、智となす努力が大切だと思います。

まさにおっしゃる通りかと思います。


ただ、無知が罪とは申してません。無知にも価値があると思いますし、無知だからこそできることもあると思います。

『無知から未知へ』

私はこの言葉が好きなのですが、無知に知識や経験が加わった時、世界が広がります。それはわかりきった世界ではなく、さらなる未知の世界なのです。だからこそ、人はそこで自分たちにできることを再び探すのだと思います。ウエッティさんの言葉で言う、智となす努力だと思います。

ありがとうございます!
Posted by kinsan at 2010年02月13日 20:02
自分は専門職としての専門性と、「素人感覚」(←言葉悪いですか??)を大事にしたいと常々思っています。

「病気だから仕方がない」なんて、介護に携わる者としては思いたくないですよね。ただ、そこに知識がないと、利用者さんや自分自身が「苦痛」を味わうこともあるでしょうね。
Posted by gitanist at 2010年02月16日 00:05
gitanistさんコメントありがとうございます。

おっしゃる通り、専門性の他に大事といわれていることはありますね。

常識、普通の感覚、当たり前、素人感覚、一般的なこと・・・

しかし、これほど難しく抽象的なことも他にないですよね。

十人十色の常識があるし、そもそも平均的なことって時代や地域や文化によって全く異なるものです。私も“普通”と表現しましたが、これも本当に突っ込みどころ満載ですf^-^;

逆にいえば、弱い立場の利用者さんのお世話をする、等の暗黙的な上下関係、小難しく言えば、非交換的役割の下では、人はその一般的に言われている常識や当たり前、素人感覚、普通をなくしてしまうという心理的な“常識”も存在するわけですね。


昔映画で“es”という映画を見ました。

ある実験で、一般募集した人たちの半分を囚人役、半分を看守役にして観察したというものです。最初はお互いに相手を自分と同じ被験者として見ていましたが、囚人=看守という環境下において、次第に両者の根本的な人間性がむき出しになって最期は破滅的行動へと突き進んでいったというものです。

このような『エス』が人間にそれこそ“当たり前”に存在している事実もあるんですよね。

だからこそ、職業倫理などでそのエスに打ち勝とう、抑え込もうとするわけです。。。

人の良心や常識の奥底にあるエスという根本。さて、私も“普通”という武器でどれだけ対抗できるか・・・
Posted by kinsan at 2010年02月16日 06:51
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