初心・志・感謝A

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初心・志・感謝A

2011年1月6日



このブログは3年ちょっとになります。その中では最初に言ってたことと違うことや表現が変わることがたくさんあります。
一貫性が無い!とお叱りを受けても良いのですが、自身の成長記録と、皆さんとの意見交換によって色々と変化するブログでありたいと思っておりますのでご容赦ください。


ということで今日は私の『志』について。何を介護の専門性としたいのか?を過去の記事を修正しながら整理してみたいと思います。長文ですのでご覚悟を!


まずは私の中で大きなウエイトを占める体験エピソードを二つご紹介します。


@『利用者Aさんと分かち合った無力感』

Aさん60代男性。要介護1でパーキンソン病。東北出身の出稼ぎ労働者。
知的レベルが低く、人づきあいや世渡りが下手な性分。
体調を壊して仕事を失い、身寄りも親しい人もおらず、天涯孤独のまま生き倒れになっていたところを民生委員が発見し、役所につなぎ、私の事業所に依頼が来た。

Aさんの生活環境は悪く、衛生的状態も悪かった。コミュニケーションも下手で、何事も受動的だった。

「これでは世間からははじかれるだろうなぁ」

というのが私の第一印象。

しかし、転職したての私が見たのは、デイサービスのスタッフや他の利用者さんが積極的にAさんを歓迎し、プラスのストロークを投げ続け、彼の良い面を引き出していることだった。

Aさんの入浴介助は男性である私が毎週担当した。
はじめは正直Aさんの入浴介助はキツかった。汚い、臭い、便尿まみれが当たり前だった。

しかし、私は1年かけて彼と信頼関係をきずいていった。恋バナをしたり、独り暮らしの寂しさを分かち合ったり、風呂場という密室で利用者対介護職ではなくて、男友達という間柄になっていった(良い悪いは別にしましょう)。

ある時、Aさんの状態が急変した。担当医は『Aさんに出したパーキンソンの薬の副作用がこんなに早く出るとは思わなかった』の一言。
副作用?のために、Aさんは混乱状態に陥り、幻視、幻聴が現れ、夜中にアパートで消火器をブチまけるなどして警察沙汰になった。そして緊急入院。
身体拘束、オムツをされ、1週間で褥瘡ができた。さらに転院が決まり、Aさんは私たちスタッフや利用者さんとの人間関係を断たれることになった。

転院直前の夜に私は面会に行った。

Aさんは寝たきりになり、首を持ち上げることもできなくなっていた。眼球だけが動いて私の姿を捉えた。
そして、ポロポロ涙をこぼすのだった。
何かをつぶやくが、声がかすれて聞き取れない。
ゆっくりと空中を彷徨うAさんの手を私は握り締めた。

Aさんの手を握った瞬間、私には真っ暗な暗闇が見えた。そしてどんどん落ちていく孤独と絶望を感じたのだ。

そこは冷たかった。自分の胸が締め付けられ、私は怖くて涙が溢れてきた。

『これがAさんが感じていることなのか!?』

Aさんは声を振り絞ってこうつぶやいた。

『会いてぇ。みんなに会いてぇよぉ』

震える声、そして彼は涙を流した。私も涙が止まらなかった。

暗闇の中にいるAさんが唯一希望として持っていたのはデイの仲間の存在ただ一つだったのだと感じた。

しかし、その小さな希望だけではAさんに何もしてあげられなかった。

私は介護職として初めて『無力感』を感じた。何もできない、自分の存在、役割を嘆いた。



A『ただ共にいてもらった』

2年程前に私の父が脳梗塞で倒れ、検査をすると破裂寸前の脳動脈瘤が見つかった。
一刻を争うために、行列ができている患者さんを飛び越して手術をすることが決まった。

その手術を決めるまでの間、様々なリスクが説明された。
後遺症、障害者生活、失敗の場合植物人間、最悪は死・・・
生半可に知識がある私は、名医の説明を楽観視する家族よりも悲観的になっていた。

その家族との認識のズレから私は家族の中で孤立していった。

「あなたは何だか冷たい。家族じゃなくて専門家みたい」

母に言われた言葉が胸に刺さった。

しかし、意地っ張りな私はそんな胸中を誰にも打ち明けられず、一人暮らしの自宅で泣いていた。 

そして、父は笑顔で歩いて手術室に入っていった。出てくる時は後遺症を抱えていた。
人格が変わっていたのだ。理性が無く、父ではない父がいた。
母の落ち込みは激しく、その変貌ぶりを電話で聞くたびに私も堕ちた。

そして、笑顔で手術室に入った父の最後の姿が何度もフラッシュバックした。

心身ボロボロの中で、私は仕事をしていた。

ある日、デイに遅刻した女性利用者のBさんをお迎えに行った。
車中には私とBさんの二人きり。会話は無かった。

私の父の噂を知っていたBさんが沈黙を破った。

「お父さんは大丈夫なの?」

その言葉が私の心のダムを決壊させた。
私は車を停めて、我を忘れた号泣し嗚咽した。

しばらくして、自分を取り戻した私はハッと気付いてBさんが座る後部座席を見た。

するとBさんはただただ泣いていた。

そして「ごめんなさい。私はあなたと泣くことしかできなくて。ごめんなさい。ごめんなさい」

そう言ってただひたすら泣いてくれた。

私はBさんにただ一緒にいてもらえたことで救われた。

※父は現在性格も落ち着いて社会復帰できました。



この2つのエピソードから、私は何かをしてあげる介護、支援、援助以上に、専門職としてではなく、ただ共にあること、無力な人として苦楽を分かち合ってくれる人の存在がいかに大切な“ケア”になるかを知ったのです。

加えて私の事業所の利用者さんは自立度高い、生保、独居、人間関係の失敗、等の特徴を持つ人が多かったのです。
ですから基本的な介護支援よりも、エピソードのようなメンタルやスピリチュアルケアが有効な場合が多かったのです。

そして、介護業界に広がる「介護の心」(=優しさ、気付き、尊厳、その人らしさ、寄り添う等)は私の事業所のようなメンタル、スピリチュアルケア実践によって解明していけるのではないかと考えたのです。
何よりも、介護業界は基本的な介護支援よりも、こうした介護の心に傾倒していることが強いように感じていたのです。

ですから私はこうしたメンタル、スピリチュアルケアのような支援を既存の基本的な介護支援(身体介助、介護過程、生理欲求の充足)等に対して、介護の新たな専門性だと思い込んで発信するようになったのです。



しかし、たくさんの介護実践者にお会いしたり、様々な現場を見学し、勉強していく中で、私の考える介護の専門性は開拓の余地がある大切な分野ですが、これをもって介護の専門性とは言うことはできないと考えるようになりました。

そして、むしろ基本的な介護支援をおろそかにしていたり、満足に提供できていない自分に気付いたのです。かなり恥ずかしかったです。



例え話をしてみましょう。

教育者の理想である『金八先生』がいますね。
教育者を目指す人が「金八先生のようになりたい」というのは何故か?

それは単に知識を教えるだけの教師ではなくて、そうした上下関係を取っ払って、生身の人間としてぶつかり、生徒の現在と未来のために熱くなってくれる、道徳や生き方を教えてくれる金八先生に教育者の理想を見出したからでしょう。

金八先生は確かに素晴らしい教育者だと思います。

ですからもし私が彼の教え子で、将来彼のように教育者を目指すとすれば、金八先生を解明して、生徒に人としての生き方や人生の素晴らしさ、大変さ、愛や喜びや道徳、倫理を伝えられる教育者のなり方を確立したいと思うのです。
専門性とは言い得ないような、本来人が誰しも持っているはずである“人として当たり前のこと”を『教育者の専門性』として確立できたら素晴らしいと思うのです。

しかし、そうした一面を教育者の誰もが持ちえたとしたら素晴らしいことですが、教師として読み書きそろばんや理科、地歴公民を教えられない教師では本当の教師ではないですし、無能の教師です。


また、時代の変化によって金八先生のような熱血と情熱だけでは太刀打ちできないような生徒も出てきています。
金八先生が一番活躍できたのは、学歴最優先の中で、与えられたレールを強要されていた生徒が一番飢えていた愛情や人としての生身の会話が必要とされた時代です。
現代のように、家庭構造の変化、平凡な学生のキレる、道徳や倫理の社会的荒廃(モラルハザードの常態化)等の時代では、金八先生も成長と時代変化への対応が必要なのです。


私はこの介護バージョンをやっていたのだと思います。

ですから、自分が限られた現場の限られた特徴を持つ利用者との間で体験した介護の素晴らしい“一面”のみを訴えていくのではなく、介護職として求められる最低限の基本的な介護支援をまず目指さなくてはならないのです。
その上でその“一面”を強化し、更に認知症や老々介護、介護保険制度改正、医療との連携、グローバル経済、政治等の時代変化に対応した介護職を目指し続けなくてはならないのです。


kinsan介護論的なものを確立してそれを絶対視したり神格化しては介護職としては成長が止まりますし、自分が腐ると思いました。



ですから、私は介護職として基本的な介護支援ができるようにならなければならないと考えています。今まで自分が疎かにしていたことです。
これは『志』ではなくて私の介護職としての『義務』です。
そして、時代についていかなければいけません。変化を続ける時代、社会、新たなニーズに対応し続けていける柔軟性を持ち続けていかなければなりません。


しかし、自分の強み、興味関心がある分野として『スピリチュアルケア』を主軸とする、共感、分かち合い、寄り添う等の“本来であれば人として当たり前のこと”の分野を介護の専門性の一つとして考えて確立していきたいと思います。
そこの分野は“当たり前だと思われているからこそ”理想的な標語と化し、介護の心となって介護業界の成長を止めてしまうものと考えています。『介護の心を解体する!』
この分野を介護の専門性の一つとして確立させることは私の『目標』です。


そして『志』は?


介護職を目指す人が、基本的なことも、当たり前のこともできる介護の専門職として利用者と家族と地域と共に協働して、一人ひとりの幸せをつくることです。
そして、その一人ひとりの幸せが積み重なって社会全体が幸せになれるような福祉社会の実現のために、自分ができることを実践し、寄与することが私の『志』です。


ですから、私もその福祉社会の一員として幸せになるために頑張ります。


なので、今後『介護の専門性といえば、基本的な介護支援と“人として当たり前のこと”を通じてその人のQOLを向上させ、尊厳を擁護できること』という意味で使います。
そして新提案したいのは“人として当たり前のこと”とされている分野をスピリチュアルケア等によって解明していくことです。
この二つは独立している二本の柱というわけではなく、どちらも介護の専門性に内包されて、重複する部分も多いと思います。


私が新提案したい分野を介護福祉士の新カリから探して、該当する単元を挙げるとすると・・・

『介護における尊厳の保持・自立支援』
『人間関係とコミュニケーション』
『介護場面における利用者・家族とのコミュニケーション』
『介護過程の理解―アセスメント―』
『人間の成長と発達』
『こころとからだのしくみ―健康―』

などにかかってくるかと思います。

介護福祉士のテキストに『スピリチュアルケア』が入る日が実現することを信じております。



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介護の専門性新提案の初心・志・感謝Aのリンクについて

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この記事へのコメント
kinsanの記事を拝読して、米のライターでウェル・デューラントが言った
「死の4つの側面」を思い出しました。
心理的な死−社会的な死−文化的な死−肉体的な死 の考え方です。
施設に入りマイナスの心理のなかで生きる喜びを失い
社会と隔絶され孤独となり
生活環境に文化的な潤いが失われていき
現実の死を迎える
私たちはどれだけこの側面を回避し
安寧な死に橋渡しできるのか、現実を振り返ると
自分の非力を感じます。
しかし、無力ではないと思いたいのです。
Posted by ウエッティ at 2011年01月06日 21:06
はじめまして。
ブログの再開とてもうれしいです。
私は、保育園で働いていましたが、今は大学で介護福祉、キリスト教福祉について学んでいます。

介護の現場は全くの無知なので、このブログで現場の具体的な事例から学べて、とても参考になります。

介護と保育とは共通点もありながら、また違う深みがあるんだなーと感じています。

次回のブログも楽しみにしています☆
Posted by みっちゃん at 2011年01月06日 23:02
あけましておめでとうございます。

はじめまして。しゅうと申します。

お隣の武蔵新城に住んでいます。
私も社会人を経て、介護福祉士を目指す専門学生です。
ネットサーフィンをしていて、このページに辿り着きました。


実体験からくる「志」素晴らしいです。
出来れば近いうちに、職場の見学に行きたいです!

Posted by しゅう at 2011年01月07日 08:06
ウエッティさんコメントありがとうございます。

私どこかできいたことがあります『死の4つの側面』

北の御仁が『QOD』(クオリティ・オブ・デス≒死の質、死までの質≒人生の質)について言及されていましたが、まさにそのことなにつながってくるかもしれません。

私たちが出会う方々は少なくとも『死』を意識して、だからこそ“イマ”この時をどう生きるか?生きたいか?生きられるか?が問えてくるのでしょう。

私たちはその人生の終盤に出会わせていただいた。そのことにどんな意味があるのか?それを通じて何をすべきか?

一人ひとりの方と色々なことを学ばせていただけますね。
Posted by kinsan at 2011年01月07日 19:48
みっちゃんさんコメントありがとうございます。

保育を経験されていらっしゃる方にご覧頂いているとは思わず嬉しく思います。

みっちゃんさんになんらかの益がある内容であれば幸いです。

ただ、記事中にもありますように、私の主観による、私の見聞きした現場の話ですので、一端であることは確かですが、全てを鵜呑みにしないでくださいね。

入所施設や訪問、相談事業など、介護もさまざまです。

同じ人にかかわる保育と介護。私もよく対比させたりして考えることもあります。

これからも色々とご意見など頂けたら嬉しいです。
Posted by kinsan at 2011年01月07日 19:51
しゅうさんコメントありがとうございます。

あけましておめでとうございます!
お隣にいらしゃるのですね!もしかしたらすれ違っていたり、うちの事業所の送迎車をご覧になったことがあるかもしれませんね♪

ぜひ職場見学いらしてください!いつでもお待ちしておりますよ。
本格的になりましたら、ダイレクトメッセージを頂けたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by kinsan at 2011年01月07日 19:53
拝読していて、スゴイと思ったのは、

>>“本来であれば人として当たり前のこと”の分野を介護の専門性の一つとして考えて確立していきたいと思います。

と言われている事。
そう、

『専門性の一つ』

なんですよね。

「基本的な介護支援」と「人として当たり前の事」
これが2本柱である事に大きな意味があると思います。
Posted by sandanshikomi at 2011年01月07日 22:33
kinsanの『志』に賛同します!

専門性については、今後の“解明”の部分を、引き続き拝読させていただきたいと思います。

もちろん、私自身もkinsanのように自論を展開できるよう頑張ります!



でも、まあ、こういうテーマはやっぱり直接会って対話したいものですね〜

「機会」は作ればいいのかもしれませんが、そう言ってられない状況もありますので、今年も一年、kinsanとお会いして対話できるチャンスにめぐり合えるのを楽しみに待っときます♪
Posted by ケアマン at 2011年01月07日 22:48
sandanshikomiさんコメントありがとうございます。

ごめんなさい。

「基本的な介護支援」と「人として当たり前の事」

この二つは二本柱という位置づけではないと考えています。二本柱にすると対立してしまうし、別々に歩んでしまうことを危惧するからです。
全部含めてです。むしろ、両方基本としていく必要があると思います。

そして、専門性が大切だと言いつつ、専門家になってはいけない。

スペシャリストやエキスパートが知識、技術、理論、の保有、行使、研究に焦点を当てていることに対して、プロフェッショナルはその知識、技術、理論などを通じて、最終受益者の利益を生み出すことに焦点を当てているといいます。

だから私たちが専門性を追求するのは、自分たちのためではない。利用者、家族、地域のQOLの向上と尊厳の擁護のためだと思うのです。

sandanshikomiさんがおっしゃる『どんな専門性かが問題』ということ。さらに言えば『何のための専門性かが問題』なのだと思います。


Posted by kinsan at 2011年01月08日 08:25
ケアマンさんコメントありがとうございます!

“解明”というのはプレッシャーですね(笑)

私のは現時点では、体験に基づく『洞察』もしくは『思い込み』の域です。
本当に分析して解明されている研究者の方々にしてみたら、素人の体験談ですから、たいそうなことは言えません。

ただ、こんな世の中ですから、こうして発進させていただくことで、そのような研究・分析のスペシャリストさんに自分たち実践者の体験を分析していただくことで専門性は深化していけると思います。

どちらも必要なはずですし、手を携えて『志』に向かっていかなければならないと思います。

ケアマンさんにはお会いしたいですよ!!
ぜひ関東へお越しの際はお声掛けくださいね♪
Posted by kinsan at 2011年01月08日 08:29
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