混同されている信頼関係

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混同されている信頼関係

2011年12月6日

信頼関係についてまた考えてみます。

先日Facebookに介護家族の方々からコメントを頂きました。
それは信頼関係について「自然発生的なもの」「感じるもの」といったご意見でした。

そして続くご家族のご意見は「信頼していた、頼りに感じていた援助職から傷つけられたり裏切られた」という経験でした。


このご意見から考えることは
@「援助における信頼関係」と「一般的な信頼関係」が混同されている
A援助者が一般的な信頼関係によって援助をしようとしているために弊害が生まれている
ということです。

前回の記事で書いた私の事業所の後輩などはこの信頼関係の混同に陥っているのではないかと考えます。


信頼関係は確かにその二者間の中で意識的、無意識的に感じられるものであり、一義的に定義することは難しいものです。
しかし、この曖昧さゆえに、全ての関係に当てはめられてしまいますが、やはり信頼関係にも類型があるように考えられます。


ここで『身体知と言語』(奥川幸子 中央法規)p205から『専門的援助関係と一般的援助関係』の対照表を参考に両者の違いを挙げてみます。

【専門的援助関係】
@個別的な援助目標と最終ゴールがある。特定の目的がある。契約概念が入る。
Aクライアントに焦点があてられる。関心の中心はクライアント。
B友情に基づくのではなく、相互的な人間関係でもなく、ほとんどの場合、報酬がある。
Cクライアントのニーズに基づく。
D被援助者(利用者)が個人的な情報を提供するのに対して、援助者はそれを聴き、専門的な役割や知識に基づいて情報やサービスを提供する。
E援助関係の時間、場所、期間、範囲が限定されている。

【一般的援助関係】
@自然発生的に始まる。
A愛情や関心、思いやり、精神的支援などの形で表現される(夫婦、親子など)
B双方が同等に自分たちについての情報を与え合い、互いに助けたり助けられたりする。
C期間は不定期で一生涯続くこともある。


こうしてみると、私たち援助者と利用者の間にある「専門的な援助関係」と冒頭にご家族の方々が挙げられたような「一般的な援助関係」は異なるものであることが分かります。

介護の教科書やコミュニケーションに関する本をいくつか読んでみましたが、やはり信頼関係構築の重要性を訴えていますが、その目的は必要な援助を展開していくためにあるようです。

したがって、私たちが利用者や家族と構築する信頼関係はそれ自体が目的ではなく

@その利用者、家族が求めるその人らしい自立した生活をおくる、という目的のために
A提供する具体的な援助行為を
B援助者と利用者が相互に協力して展開していくために
C信頼関係が求められる

ということになります。

この「援助における信頼関係」の@〜Cをわきまえておかなければ、私たちは「一般的な信頼関係」の尺度で相手と自分との関係性の度合いを測ってしまうのではないでしょうか?

ただやっかいなことは、私たちは「専門的な援助関係」を構築しようとしているのに対して、利用者やご家族は信頼や安心や頼りがい等の「一般的な信頼関係」を求めているであろうことです。
特に付き合う期間が長くなればなるほど、より日常生活場面に近づけば近づくほど、深い情緒的な交流が生まれるため、後者の信頼関係に私たちも引きづられてしまう危険があります。

この辺を律するのが、社内におけるルール、方針だったり、倫理綱領だったりするのでしょう。



介護はあったかいものだから、専門的援助関係等という言葉に対して拒否感を覚える方も多いかもしれません。

しかし、私は『介護の心を解体する』という記事でも考えました通り、介護職であるという事実に目隠しをして、深い情緒的交流を介護職側からの視点できれい事のように描きすぎてはいけないのではないかと思います。
厄介で難しいですが、人間味あふれる情緒的な関わりをしながらも、援助者として利用者の生命・生活・人生を支えるための冷静なプロ意識を同時に発揮していくことが大切なのでしょうね。

アメリカのハリー・スタッフ・サリヴァン医師は精神疾患患者との関わりの中で『関与しながらの観察的態度』という援助者のあるべき態度を提唱したそうです。
援助者自身が利用者と現場で関わりながら、その相手と自分との関係性を客観的に観察していく視点を持つということですね。
一言でイメージするといつも『ICFの視点』で見る。ということでしょうかね・・・

難しいですね。でもやらねば。


今回は援助的な信頼関係と、一般的な信頼関係が混同されているのでは?ということについて考えてみました。
次回は『信頼』にスポットを当てて考えてみたいと思います。

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この記事へのコメント
私は、カウンセリングやコーチングをすることがあり、専門的援助関係と一般的援助関係の概念がよくわかります。
カウンセリングをする際には、問題を解決するのは当事者で、カウンセラーは専門的な役割(在り方)知識(スキル)もって、
サポートしていくということを、必ず口頭で契約します。
この契約の時、「問題を解決する(望ましい状態ををつくりだすのは)カウンセラーです」と答える方がいます。
その場合は、その思い込みをはずします。どのようにかはここでは省略いたしますが、この時点で信頼関係が
構築できていなければ、上手くいきません。

そもそも「この人に相談したい」と思ったのは、何故でしょう。
何がその人をそのような気持ちにさせたのでしょう。

そこには、スキルを超えた何かがあると私は感じています。

大事なことは、サポートする側の人間が相手をどのように見ているかということです。
相手を問題がある人と見るか、可能性を持った人と見るかで、関わり方が違ってきます。

そして、その無意識メッセージは言葉を超えたところで伝わっているということです。(自戒の念を込めて)

Kinsanの提案はどの分野(福祉、教育、ビジネス、家族)でも言えることかもしれません。
Posted by 斎藤博子 at 2011年12月07日 01:38
斎藤博子さんコメントありがとうございます。

ご経験に基づくご意見ありがとうございます。
心理職の方や専門科の医師の方などはある程度、専門的援助関係というものを踏まえていらっしゃる方が多いですよね。というよりも、一般的な援助関係では成り立たないし、弊害があることを重々承知の上なのだと思います。

介護についてはその辺が「生活の場」であり、当の本人が「この人に相談したい」と選択できていない場合が多いなど、専門的援助関係を忘れがちになる土壌があると思います。

介護現場におけるこのような現状について、もう少し考えていきたいと思います♪

御意見またいただけたら幸いです。
Posted by kinsan at 2011年12月07日 06:55
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