『よりそう』介護の実践とは

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『よりそう』介護の実践とは

2012年4月15日


『よりそう』という抽象的な概念が介護業界にはあります。今日は一人の利用者さんを通じて実践した『よりそう』の一面を書いてみたいと思います。

現在私の勤めるデイサービスは新人さんがたくさん入職してきたので、業務後の振返りに事業所自作の介護過程の書式を使用しています。
スタッフ間でそれぞれの活動展開を介護過程に落とし込んで共有する中で見えてきたHさんという方への“よりそう”一例です。


Hさんは以前も記事を書いたことがある方です。
【Hさんの情報】
・50代男性、要介護3、生活保護
・糖尿病と変形性膝関節症
・移動は糞尿がしみ込んだ車椅子による自走
・おんぼろ2F建アパートの2F、糞尿がしみ込んだ刺激臭がする自宅で独居
・以前は傷害事件を起こした友人に居候されていた
・保護費は全て借金の返済と酒に費やされて所持金なし
・当事業所にはデイの昼食代だけの滞納が7万円以上
・ちょっぴり悪い世界で生きてこられたそうです
・かかりつけ?の病院には15万円以上の支払い滞納中
・保護科のワーカー、包括はあまり関わりたくない様子
・ゴミを拾って質屋等に売りその日の食事を得ている
・日課はお金の工面と売れるもの探し

そんなHさんですが、デイの利用者さんからは歓迎され、Hさんも「ここだけは離れられねぇ」と言っています。


そんなある日。


Hさんは普段は見せないようなイライラ顔で来所。ドスの聞いた、大きな声で脈絡のない愚痴をノンストップで話していました。

詳しく聞くと・・・

・大家さんから追い出されて本当のホームレスになった
・保護費が打ち切られた(障害者のバス券等を売っている、友人から大金が入るとケースワーカーに啖呵を切った為)

したがって、お金も(今まで以上に)ない、家も無い、ということで、昨日はデパートのシャッター前で寝たそうです。食事もしばらくとっていない。
不眠と飢餓状態でデイに来ていたのです。


私はお風呂でHさんの背中を流しましたが、激しい愚痴は止まりません。

H「大家の野郎も役所の連中も、病院の院長もふざけやがって!!金をよこさねぇで、っっっざけんじゃねぇよ!!」

私「Hさん落ち着いてくださいよ。そんなに怒ってたらみんな怖がっちゃいますよ〜」

H「これが落ち着いていられるかって!午後から金を出すっていったんだから払わせに催促に行ってやる!」



入浴後、どこかへ出て行ってしまったHさんが、さらに怒髪天状態でデイに戻ってきました。
どうやら、入るはずのお金が入らなかったようです。デイの借金も一括返済しようとしていたのに、全てが思い通りに行かず、イライラは頂点でした。


ここまでの情報から私はHさんの『生活課題・苦痛』『ニーズ』を考えました。

・家もお金も無く、不眠と飢餓状態で心身共に疲労が強い。
・明日の生活も見えない中で苛立ちが強い。
・Hさんを見た他の利用者はいつもは彼を歓迎しているがこの日は少し引いていた。これにより『自分はここでさえも歓迎されていない』と感じている。

・お金を返したい
・お金を借りている立場ではなく、私たちスタッフやデイの皆さんと対等な立場で接したい⇒負い目をなくしたい
・深い情緒的交流を求めている


私としては、このようにアセスメントしてみましたが、どうしてもこの日の荒れ方が激しすぎたので、他の要因があるのではないかと考えていましたが、それが何かわからなかったのです。

ですから、デイの中ではなく落ち着いた環境下での傾聴によってHさんのこの日の状態の真相を把握し、次の展開につなげたいと計画しました。
しかしこの日は、デイの1Fは引いている他の利用者がいて、2Fは地域の親子のふれあいサロンを開いていたので、事業所内で落ち着いた環境を用意できないと考えました。


ですから私はHさんが不眠なので日の当たる暖かい場所へいきましょうと誘いました。
するとHさんは「駅行こう、駅。駅なら色々あるんだよ」と言いました。

駅へ向かう時も、裸足で車いすを漕ぎ、相変わらずイライラした大きな声で愚痴を言い続けました。

そして、駅前のロータリーに座るや否や便失禁してしまいました。
着ている服はデイサービスで貸しているものです。ちなみに下着は履いていません。

「ちきしょう、何も食ってねぇのに腹が水みたいだ。あぁ、気持ちわりぃ。ほらうんちついちまったじゃねぇかよぉ。あぁ腹立つなぁ!!」

手で陰部を確認したHさんは汚れた手を見てさらにイライラしました。
もはや私が計画した『落ち着いた環境下での傾聴』はできずに、対処に追われることになりました。


Hさんが公共の障害者トイレで服を洗うと言いだしたので、私は急いでデイに戻って着替えとタオル、ペパー、ゴム手一式をもって戻りました。

私が着いた時にはHさんは駅のロータリー前で上着を脱いで水洗いし、花壇に干していました。
周囲の人は蜘蛛の子を散らすように遠巻きに私たち二人を避けだしました。でも物珍しげに視線だけは投げてくるのです。

青空の駅前ロータリーで更衣を介助を行い、Hさんはズボンを替えにスーパーのトイレへ行きました。
私が止めるのも振り払い。。。

数分後スーパーのガードマンと激しい口論になり、さらに怒りは頂点になりながら戻ってきました。
すれ違う女子中学生の集団に「馬鹿野郎!!邪魔なんだよ!前向いて歩け!イラつくな〜!!」と八つ当たりしながら。。。

公衆トイレでズボンを着替え、私はHさんの車いすと、公衆トイレを掃除しました。



私は対処に追われながらも、なんとかHさんの真意を傾聴して次のケアへの展開を考えていました。
これ以上公共の場にいてはHさんにとって落ち着く環境が整えられないと判断し、二人でデイに戻りました。

親子ふれあいサロンが終わっていた2Fに彼を案内しました。
とりあえず私はHさんにココアを出し、汚れたものを片づけました。


その間に上司がHさんの傾聴を始めてくれました。

Hさんの怒り爆発の愚痴はノンストップです。
上司はHさんの言葉を受け止めながら、少しずつ質問と承認を投げかけていきました。

「今日はいつもと様子が違うみたいですね」
「怒っているようですけど、何に一番腹が立っているんですか?」
「腹が立って収まらないんですね。」


そしてHさんは最終的な怒りの真意を口にしました。

「入院していた病院で、掃除婦のおばさんに馬鹿にされたんだよ。車いすで、人間のゴミみたいな言われ方で。。。おれ、悔しくて悔しくて。。。」
「辛かった。家も追い出されたし、保護費も打ち切られたし、惨めで情けなくて・・・そんなおれを馬鹿にしたんだよ。掃除婦にまで馬鹿にされたんだ・・・」
「寂しかった。俺だって人の子だよ。親を恨むけど、でも寂しかったんだ・・・」


Hさんは涙を流してそう言いました。

明日の生活も見えない不安と孤独の中、たくさんの人から馬鹿にされ、蔑まれ、人間としての尊厳を傷つけられたのでしょう。
そのやり場のない悲しみと悔しさが、虚勢を張る怒りとして発信され、不眠と飢餓状態が追い打ちをかけたのでしょう。

Hさんはそこまで話すと、いつもの調子のよいニコニコ顔になり、声のトーンも落ち着きました。
そして「悪かったよ。本当に申し訳ない。ありがとう」と言い、安心したように眠りました。

帰りの車に乗る前には、他の利用者に謝るHさんの姿がありました。
「今日は色々と腹の虫が悪くて、ごめんなさい(笑)」
すると「どこか行っちゃったのかと思って心配したわよ」と他の利用者さんが優しく返してくれていました。


ここまでの結果を踏まえて、彼の中にある孤独や、寂しさを受け止めるスタッフや他の利用者さん、地域の方々との関係性を築いていき、その中でHさん自身が他者に貢献するという存在価値を見出していけるような介護を次回以降に活かしたいと締めてみました。



Hさんのこれまでの人生は決して人に誇れるようなものではない、反社会的な生き方でした。
病を患い、助けてくれる縁者もなく、金の切れ目で縁を失っていく中で、孤立していきました。
自業自得・・・と言えばそうかもしれません。
同情の余地なし・・・と言えばそうかもしれません。
生活保護受けてるくせに・・・・と言えば返す言葉もありません。

しかし、目の前にいるHさんは他の誰とも変わらない一人の人間であり、利用者さんです。


上司はバイスティックのケースワークの原則でいう
「受容」
「非審判的態度」
「意図的な感情表現」
「統制された情緒関与」
を用いたように見えました。


元来、福祉の対象者とはHさんたちのような方であると思います。
今福祉の対象者は介護という分野の確立によってその対象領域が広がっています。

個別の支援はもちろん個々に違いますが、どの方に対しても同じ人として、ケースワークの原則や介護過程のような思考過程を用いて接していくことが私たち介護職の専門職としての務めだと思います。
こうしたことが『よりそう』の具現化、実践ではないでしょうか。もちろんその奥には職業倫理や介護職一人一人の使命感、想いなどが大切だと思いますが。。。



さて、その後ですが、Hさんは酒に飲まれて大金が入る夢を見たそうです。そして大家さんとケースワーカーに「もうボロアパートも保護費もいらねぇ!」と啖呵を切ってしまったので、両方を打ち切られたと勝手に思い込んでしまっていたようです。
ですからもちろん、家にも帰れましたし、保護費も入ります。Hさんは安堵の表情で帰っていきました。。。


そして、後日談。。。

Hさんは電気ガスが止められている家で、フライパンの上で何かを燃やして暖をとっていたそうです。
そして、大家さんが消防に通報、警察も踏み込み、Hさんは取り調べに連れていかれたそうです・・・
大家さんは二度と帰ってくるな!とかなり怒っているそうです(当たり前ですが)。

Hさんはデイサービスに住みたい、と警察に言ったそうですが。。。


一難去ってまた一難。Hさんへの支援はこれからも続きます(笑)


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この記事へのコメント
こないだFBに書いていたのはこのことだったんですね。

障がいを持った子は、親を選んで生まれてくるなんて聞いたことがありますが、そんな感じがしました。
キンさんとこ以外のデイでは、Hさんのような方は面倒見きれないってところが多いんじゃないかっていう思いからです。

多分ウチでも匙を投げてしまうんじゃないかな・・・。
制度からこぼれ落ちる人にこそ光をあてることこそが「福祉」だと、誰かが言ってましたね。

考えさせられます。
Posted by ryyohr at 2012年04月15日 21:32
ryyohrさんコメントありがとうございました。

難しい対応が必要な利用者さんほど多くの学びを与えてくださいます。

Hさんの場合、一介護職として向き合うには少しずつ前進できていると思うのですが、チームケアや他職種・機関連携でのケアとなると、まだまだ課題は多いですね。

ケースワーカーや包括と一緒に、いや、それでも難しいケースだと思います。

一時Hさんは地方にある「衣食住を整えてくれるところに高跳びするんだ」と言っていたことがありましたが、もしかしたら貧困ビジネス的なものなのかもしれないと不安になりました。

ここまでくると一事業所の“想い”だけでは支えられませんね。社会問題は社会全体で取り組まれていく必要がありますね。。。

とりあえずはしっかりとよりそうという自分にできる範囲のことは精一杯やりたいと思いました。
Posted by kinsan at 2012年04月16日 07:59
昔デイにいた似たような方を思い出しました。

うちのデイでは恥ずかしながら、kinsanさんのデイのような対応はできていませんでした。

生保だからか?
整容がきちんとできていないからか?
いいかげんな性格だったからか?

とにかくスタッフも適当にあしらう→利用者さんは孤独を味わう→デイに来づらくなる→来所拒否→利用中止


今考えると、福祉職としてはなってないですね(涙)
もともと介護予防のデイということで介護経験者のほとんどいない特殊なデイではありましたが。

あの方にもっと介護職としてできることはあったよな。
自分なりにはやっていたけど、たぶん彼には届かなかっただろうなと。
もっと寄り添って本音を聞いていれば良かった。
利用中止になってから初めて分かるなんて情けないですね。。。


Posted by ユズサニー at 2012年04月18日 12:47
ユズサニーさんコメントありがとうございます。

私は今の職場でたまたまそのような介護ができる環境にあるだけだと思います。
もし、ユズサニーさんの職場に私が勤めていたら、今の自分のようにできたかはわかりません。

こうしたことは、一個人の介護職の姿勢も大切ですが、そうした姿勢を後押ししてくれる事業所やチームの理解が必要不可欠だと思います。

ユズサニーさんも、私も、これらの経験を踏まえて、次のケアに生かしていきたいですね。
Posted by kinsan at 2012年04月18日 13:10
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