ソーシャルケアワークの課題と現在

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ソーシャルケアワークの課題と現在

2012年6月19日

以前から何度も書いている利用者のHさんを通じて、介護におけるソーシャルワークを考えてみたいと思います。
Hさんについての記事も今日が最後になるかもしれません・・・

Hさんについての記事はこちらをご覧ください。

【Hさんの情報】
・50代男性、要介護3、生活保護
・糖尿病と変形性膝関節症
・移動は糞尿がしみ込んだ車椅子による自走
・おんぼろ2F建アパートの2F、糞尿がしみ込んだ刺激臭がする自宅で独居
・以前は傷害事件を起こした友人に居候されていた
・保護費は全て借金の返済と酒に費やされて所持金なし
・当事業所にはデイの昼食代だけの滞納が7万円以上
・ちょっぴり悪い世界で生きてこられたそうです
・かかりつけ?の病院には15万円以上の支払い滞納中
・保護科のワーカー、包括はあまり関わりたくない様子
・ゴミを拾って質屋等に売りその日の食事を得ている
・日課はお金の工面と売れるもの探し
・デイ利用日ではない日に突然やってきてお茶を催促し、愚痴を言って立ち去る
・デイの工具などを勝手に使ったり、デイ外のベンチなどに洗濯を干す

こんな感じの方です。


さて、4月末頃に電気ガスを止められたHさんは寒さをしのぐために、アパートのフライパンで火を焚いて暖をとりました。
それがボヤ騒ぎとなり警察に連行されました。
結果、大家さんはこの機にHさんに退去を言い渡しました。立ち退き料を数万もらったようですが、Hさんはあっという間に浪費してしまいました。

立ち退き料が底をつき、次の住まいもみつからないまま、完全な退去の日を迎えてしまいました。
これにより、Hさんは住所が無くなりました。区ではHさんの生活保護の支給打ち切りをやんわり決定。
私たちの事業所でも、利用が強制終了になってしまいました。

Hさん、完全な無収入。完全なホームレスになりました。

ドヤ(簡易宿泊所)が立ち並ぶ別の区に住居を求めて出発しましたが、その区でも「元の区で相談してください」と門前払い。

「ダメだ!みつからねぇ」といってデイに来て愚痴る始末。
デイに来れば何とかなるだろうと考えているのでしょうけど、結局介護保険の指定通所介護事業所程度では今のHさんの自立支援を行うことはできません。
せいぜいお茶を出して愚痴を聞くくらいです。。。

担当ケアマネも彼がドヤで住居を確保し、生活保護を受給しなければ何も前進しないということで、デイに来ても、住居探しに行くよう背中を押すようにという指示がでました。
結果、これまでなんとか彼を受け入れていたスタッフや利用者さんも、日に日に路上生活者っぽく汚れて痩せて、臭くなっていく彼を敬遠するようになりました。

ここ数日はデイに来ても相手にされないことを悟ったのか、すぐに立ち去るようになりました。彼がデイを訪れなくなるのもそう遠くないかもしれません。



結局、私たちはHさんという人を支えることができませんでした。
彼が心のよりどころにし、人間味あふれる関わりを持つことができたデイサービスが、彼を拒絶するという形になり、結果、Hさんの尊厳は崩れ、絶望の心中になったことでしょう。



“たられば”の話になってしまいますが、どうすれば彼を支えることができたのでしょうか?今思えばという失敗や要因を列挙してみます。

・Hさんの居候の同居人がケースワーカーを殴る傷害事件を起こしたため、保護課のHさんに対する当たりが悪くなった。
・ケースワーカーがそれでもなお、専門職種としてHさんの最後のセーフティーネットとして関わりきれなかった。
・初期のころはデイへの支払いを行っていたため、アルコール依存や、方々への借金、怖い人(▼へ▼メ)σとの関係の断ち切り、権利擁護などの支援を行わなかった。
・結果、経済的自立を獲得できないためにボヤ騒ぎを起こしてしまった。
・ここまでにおいて、ケースワーカーと当法人のみの連携に留まり、コンサルテーションなどを行わなかった。
・彼が50代ということで、生活保護以外の金銭給付がなかった。

・Hさんの父親の賭博による家庭崩壊、借金などの生育環境、非行に走る。
・他者との情緒的関わりの不足、発達課題を達成できなかったこと→通常の人間関係構築ができない状態。
・こうした成育歴などに関連するHさんという人間理解をデイスタッフでの共有しきれなかったこと。
・Hさんをケアするに当たり、スタッフ各々の自己覚知や価値観の共有、ケアの統一が十分に図れなかったこと。


その他色々なことが考えられます。本当に、もし〜たら、もし〜れば、という話になってしまいます。



Hさんを通じて学ばせて頂いたことは、ミクロな対人援助の奥深さ、バイスティックのケースワークの原則の実践、人の多面的理解(特に生活歴や発達心理的な側面)が大きくあります。
介護保険以降の契約制度による利用者さんのおもてなしではなく、福祉の対象者に対する専門的な自立支援ということの実践を学ばせて頂きました。

同時に、私たちケアワーカー(介護福祉士)は、日常生活上の自立支援だけではなく、広くソーシャルワークの視点や立場、機能としての役割も担っていることに気づかされました。

現状、Hさんのケースではケースワーカーとケアマネジャーがソーシャルワーカーとして関わるわけですが、複雑困難な事例なだけに、本人たちがHさんとの濃密な関係から閉塞感を抱き、現状を打破する俯瞰的視野を失っていたように思います。
実際に日々Hさんにソフトとしての対人援助を提供していたのは私たちケアワーカーです。ですから、私たちもそうしたソーシャルワーク機能を発揮し、上記の失敗要因に対して連携を呼びかけたり、働きかける必要が大いにあったのではないかと反省します。


逆に、マクロでとらえると、公的扶助だけでは今の複雑多岐にわたる生活課題を抱える人の自立生活支援を行うことは困難であるということです。
本来であればソーシャルワーカーであるケースワーカーが行うべきだったのかもしれませんが、Hさんの多面的な人間理解に基づいて、本人の人間的変化、課題の克服のためのエンパワメントがなされるべきだったと思います。
実際、それは私たちのデイである程度までできていたように思います。

つまり、単純な金銭給付ではなく、ミクロとマクロの両視点から、同時に対人援助が進められていくべきだったのです。この辺の有機的つながりが薄かったことが、最大の失敗要因だったのではないかと思います。


ここ数か月よく自分たち介護福祉士の仕事について考えています。
日本では社会福祉士および介護福祉士法の成立によってソーシャルワークとケアワークが分けられてきました。
しかし、実際問題、人の自立生活支援という職務を行う専門職である私たちは、この両者を分断してはならず、むしろ統合的な専門職として機能しなければ、今後の複雑化してくる社会構造の中で人の自立生活支援というのは成立しないのではないかと思います。

私たちはお役所仕事をよく縦割りと揶揄しますが、介護現場も、ケースワーカー、ケアマネジャー、医師、看護師、介護福祉士などと立て割っている感があるように感じます。


Hさんのような方、児童虐待がある家庭での介護、不法滞在されている在日韓国人の認知症の方、前科者。。。
私が今の事業所に勤めただけでも、実に多様な利用者さんと出会いました。
直接的なケアワークは本当に大切ですが、これからは、もう一歩、ソーシャルワーカーとしての介護福祉士、ソーシャルケアワーカーとして介護現場に臨むことが求められる時代ではないかと思います。

こうしたことを、介護福祉士が自覚していかなければならないのではないでしょうか・・・

ちょっとまとまりありませんが、久々の雑感でした。
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この記事へのコメント
とても難しい問題で答えが出ないことも無理はないと思います。
手前は法律などの知識が浅いため自分の価値観でしか意見を出せませんが失礼します。
僕も金山さんの思っている”たられば”に共感します。
利用者さんも一人ひとりそれぞれ、介護職も一人ひとりそれぞれ違った人生を歩んできていると思います。
バイステックの原則の一部である共感にしても、まったく介護者の経験のないことで共感することは難しいのではないでしょうか。
Hさんに寄り添ってエンパワメントを実施していくには、同じような経験をして、そこから立ち直った人による励ましなどが必要だったのではないかと思います。デイでHさんの人間理解を共有できなかったことは落ち度ではないはずです。

しかし、介護現場もやっぱりたて割りな感じが強いことは僕のところでも感じます。
困難事例だからこそ学ぶことは多く、支援者としてより成長できるチャンスでもあるのだから協力して取り組んでいかなければならないのに、面倒なことには手を出さない。という支援者ではなく個人的な感情が困難事例の周りで共有され、暗黙の了解のようになっている気がします。
なので、制度よりもそれにかかわる人材が成長しない限りは解決は難しいのかもしれません。

逆に言うと、金山さんのいうソーシャルケアワーカーを育てることが介護現場がよりよくなる一番の近道だと思います。対人援助のようにソフト面での細かいことは法律ではカバーできません。というより細かいことを決められてしまったらその人に沿った支援は難しくなってしまうので、やっぱり「人材の育成」が一番だと思います。

金山さんのように、悩み、振り返り、それでも前へ進んでいく姿勢が広まっていけば、介護の現場ももっともっと深く寄り添った良いものになっていくと思います。

実力もまだないくせに生意気かもしれませんが、僕の夢は「いい介護の人材を育てられる機関を作ること」です。

それには金山さんの歩いている道がとても勉強になります。

なんだか考えすぎて文章がゴチャゴチャになってしまいましたが、要は金山さんのHさんへの反省・対策はあっていると思います。しかしそれを実行するには介護業界の人材のレベルアップが必要で、目指すところは近いのではないかと思っています。

具体的な対策の意見ではなくて申し訳ありませんが、とても共感したのでメッセージを書かせていただきました。

文章が下手で失礼がありましたらお詫び申し上げます。
Posted by 鳴瀬 和彦 at 2012年06月25日 02:10
鳴瀬和彦さん、コメントありがとうございます。

今回の件では、直接的にHさんに関わる介護現場のスタッフのチームケアについて、困難事例に対する地域の関係機関・社会資源等を巻き込んでの具体的なカンファレンス、この2点において落ち度があったように思います。

Hさんはいかにソフトの介護人材が育成されたとしても、自事業所のみでは生活支援に限界がありますし、その逆もしかりです。

おっしゃるように、こうした事例こそ成長するチャンスだったと思います。自分の力量の限界、未熟さを痛感するところです。

鳴瀬さんも、素敵な夢をお持ちのようでいらっしゃいますね。良い人材とは具体的にどのような人のことを言うのでしょうか?介護の専門性、介護職員としての適性、その視覚化・評価など、課題は多いと思います。

私も学び途中です。一緒に学びを深められたらと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by kinsan at 2012年06月25日 17:17
ソーシャルケアワークって、これから大事なスタイルと思います。

専門分化から統合化へ…。
Posted by やりもと at 2012年06月28日 17:28
やりもとさんコメントありがとうございます!
さすが!だいぶ前からのご提案ですね!文献のご紹介も感謝いたします!
Posted by kinsan at 2012年06月29日 08:00
ROM専ですが、初めてコメントさせて頂きます。

私は介護福祉士を取得後に、縁あってソーシャルワーカーとして働いています。

現在、社会福祉士の資格を取得するべく勉強しております。

しかし、原点は介護福祉士だと思っております。

取得できた暁には、この名称独占の国家資格を

私なりに融合出来ないかと考えていました。

今回の記事は、それを言語化して頂いた様に思えます。

いつの日か、自分なりの考えをまとめて、

具現化したいと思っています。

その前には、ぜひ議論させて頂きたいと勝手に思いました。

失礼致します。

Posted by 一見ですが失礼します。 at 2012年06月29日 22:01
一見ですが失礼します。さん、コメントありがとうございました。

社会福祉士を目指していらっしゃるのですね。
私は学生時代社会福祉学科で、自分でヘルパー2級を取りにいった以外はほとんど介護の勉強はしていませんでした。
ですから、私はもしかしたらベースはソーシャルワーカーにあるのかもしれません。

介護の現場に飛び込んで8年目、介護は福祉領域に軸足があるのだと考えるようになりました。この二つの融合・・・まだ私は漠然としていますが、今回の記事ではそのようなことを考えてみました。

ぜひ議論させていただけたら嬉しいです。むしろ議論してまいりましょう♪

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by kinsan at 2012年06月30日 15:27
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