自己決定の原則1

自己決定の原則1のページを説明

新着記事一覧 〜最新の記事はコチラです〜

自己決定の原則1

2011年11月22日

自己決定の原則は介護の現場では大切な原則の一つとして私たちは教えられています。
しかし、現場の中でこの原則を守ることは容易ではありません。また、この原則を誤解して捉えてしまっている場合も多く見受けられるように思います。
そこで、今日は自己決定の原則の意味を私なりに考えてみたいと思います。


自己決定の原則、すなわち本人の自己決定を尊重するということは、本人が自分のことを自分で決める、または決められるように必要な情報を伝えるなどの支援を援助者がすることです。
自分で選び、自分で決める、というのは契約制度の根幹であり、またそれが自立支援の一つとしても考えられています。
ですから、介護現場ではできる限り本人が自分で物事を決められるような支援が大切だと私たちは学びますし、本人の意思が重要なポイントだと考えます。

しかし、中には本人の自己決定が自傷他害行為になったり、公序良俗に反するようなこと、その人の現状や将来にとって決して良いとは言えない選択をされることもあります。

原則をしっかり身につけた私たちは、実際の現場の中で、様々な背景、場面に出会い、その原則を実践することの難しさを実感します。

現場の現実と原則論のあいだで揺れ動く私たちは自己決定の原則において次の二つの誤解を生じているように考えます。


@自己決定が絶対視
A自己決定することが目的化



先日ある講義を受け持った際、現場でよくあるような事例を紹介しディスカッションをしてもらいました。

【事例1】寝たきりで意思疎通ができず経口摂取ができないAさん。胃瘻増設に賛成し少しでも生きてもらいたいと考える長女。意思疎通ができていた頃に「延命は嫌だ」と言っていたから胃瘻は反対という次女。
【事例2】特養で糖尿病が進行しているBさん。老い先短いのだから好きなものを食べたい!という本人の意思を尊重する生活相談員。健康管理のため食事管理は施設の使命という看護師。

あなたはどうする?という問です。

細かいことは省きますが、受講生のほとんどが着目するのは『本人の意思』がどうであるか?なのです。
これは自己決定の原則を学んでいるからだと思います。
ですから事例1では次女、事例2では生活相談員の意見に支持が集まります。
介護職は胃瘻増設、食事“管理”という言葉に対しての抵抗もあるのかもしれませんが、こちらの可能性もしっかり吟味されるべきです。


そして私は聞きます。「AさんもBさんもこれらの事案について明確な意思表示がなかったらどうしますか?」

すると皆さん閉口してしまいます。


措置から契約へ、行政処分から自己決定へ。この大きな流れの中で@が生じているのだと思います。
自己決定はとても大切な原則です。しかし、私たちが対象とする方々は自己決定ができない方も多くいます。もっと言ってしまえば、私たち人間は完璧な選択と決定が出来るとは言えないのではないでしょうか。
こうした中で、本人の意思が絶対視されているように思えてなりません。
そしてAのように「本人がそう言っているのだから、そう言っていたのだから」という自己決定したこと自体が目的化してしまっているのです。

この@Aが進み過ぎると何が起こるか?

それは私たち対人援助専門職の責任逃れ、専門性の放棄になってしまうと思います。


自己決定の原則は対人援助職として大切な原則です。
しかし、本人がそう決めたから何でも良いわけではありません。

ニーズ論の中でノーマティブニーズ(規範的、専門職視点のニーズ)やフェルトニーズ(本人の主観的ニーズ)などが紹介されているように、私たちは本人の意思や想い、希望を最大限尊重することはもちろんですが、対人援助の専門職としての視点、必要性を持っているのです。
ですから、上記場面のような現場では、その両者のすり合わせ、説明責任、それを進めていくコミュニケーション能力などが求められるのです。
また、意見の衝突が本人ではない第三者同士(家族同士や専門職同士等)である場合、その意見調整はなお高度なスキルが求められます。


ですから、自己決定の原則は、自己決定そのものが目的化され、本人の意見が絶対視されることがあってはならないと思います。
その人と、その人を取り巻く多様な人間関係の中で、衝突したり、すれ違う意見とそれぞれのニーズを把握しながら、当事者がより良い形で前に進んでいけるような決定を促せることこそ、本当の自己決定の原則ではないでしょうか。

少しでも多くの方にこの記事を見ていただけるようにランキングへのご投票よろしくお願いします!あなたの一日ワンクリックの応援、感謝いたします(>o<)
にほんブログ村 介護ブログへ
banner2.gif


介護の専門性新提案の自己決定の原則1のリンクについて

介護の専門性新提案の自己決定の原則1のリンクについて
リンクを自由に設置して頂いて結構です。
宜しければ以下のタグをご使用下さい。
この記事へのコメント
kinsanご無沙汰しています。

私、以前にこれと似たようなことで迷っていました。

一つの家に、要介護利用者が3人、それぞれが、この家で暮らしたいと願ってはいるのですが、ここでは、このまま暮らしていると一家が全滅してしまう状況に陥ってしまう…。

でもそれぞれがそこで暮らしていきたいと願った時、私は、この状況をどう理解すれば良いのか?と迷った時に、masaさん、narisawaさんがコメント下さったのです。

このお二方、打ち合わせもしない、お互いがお互いのコメントを見てもいない状況で、すごい解答を頂きました。

是非ともわかっている事とは思いますが、参考にどうぞ。

利用者本位ってなんだろうか?

http://www.wel-plan.com/blog/?p=3017

このコメント欄です。
Posted by タヌキの置物 at 2012年11月22日 16:47
タヌキの置物さん、ご無沙汰しております。コメントありがとうございます!

ブログ記事とmasaさんnarisawaさんのコメント拝見しました。
ソーシャルワークの大切な原則が根付いたプロの方々のご意見、私もとても勉強になりました。
私は実際の現場ではタヌキの置物さんの実例ほど差し迫ったものは経験ありません。ですが、諸先輩方も述べられているように、提供された対応は間違っていなかったと私も考えます。

最近人様に教える機会が増えたのですが、まだまだこの原則を字面で理解されている方が多いように思います。措置を知らない世代(私もですが)、他業界から介護福祉業界に入られた方々も多く、原則論の解釈と真意をしっかり伝えたいと思いました。

私も諸先輩方に比べたらまだまだ新米。現場実践を重ねながら精進したいと思います。ありがとうございました!
Posted by kinsan at 2012年11月23日 07:19

以前コメントした者です。
実は私は大学4年生です。
介護の仕事に進みたいのですが、給料面を考えてしまうと、どうしても一歩踏み出せません。そして、特養では介護をしたくありません。介護をするということが、作業になってる気がして、だからこそ、グループホームで働きたいと考えています。
卒業すると、奨学金の返済などでとても苦しく素直に介護の方へ進んでいいのか迷っています。

何でもいいので、アドバイスを貰いたいです。
Posted by しもじ at 2012年12月21日 18:59
しもじさん、コメントありがとうございます。
お返事が遅くなり本当にごめんなさい。遅すぎたらごめんなさい。

介護職に進もうかいろいろと悩んでいらっしゃるのですね。

今だから言えますが、私は介護職を選んだのは消去法だったというのも本音の一つです。
給料面では、今の自分ではこのくらいが妥当なのかな?とよく考えていなかったです。

それでも介護という仕事にどっぷりつかって8年が経ちます。

ですから、新卒で選ぶところは一生働き続けるかもしれませんし、3日で辞めるかもしれません。それは始めてみないとわからないんですね。

お金だけでなく、健康、親のこと、周りのプレッシャー・・・いろいろなことで悩むと思います。

悩んで悩んで、何か答えが出ても、100%満足する決断は出せないと思います。私もそうですから。

でも、色々な選択肢を比べてみて、今の自分が思い描ける範囲の判断材料で決めるしかないのではないかと思います。

特養だって素敵なところはいっぱいありますし、劣悪なグループホームだってあります。同じ会社内だって営業所によって質に雲泥の差があります。

だから、いっぱい悩んで、色々な人の話を聞いて、そして自分自身と話し合って決めてみるのが一番ではないかと思います。

一つだけアドバイスをするとしたら、なぜ介護の道に進みたいのか?それは本当に介護職でなければだめなのか?この二つを熟慮してみるとよいかもしれません。

ファイト〜〜!

という個人的意見でございました。
Posted by kinsan at 2013年01月12日 14:43
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/303326939
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。