老人漂流時代と私の福祉現場デビュー

老人漂流時代と私の福祉現場デビューのページを説明

新着記事一覧 〜最新の記事はコチラです〜

老人漂流時代と私の福祉現場デビュー

2013年2月12日

今日は思ったことをダラダラ書きます。
先日、私が福祉現場にデビューしたことをふと思い出しました。そういえば記事を書いたことがありませんでしたね。
きっかけは先月放送されていたNHKの『老人漂流時代』を見たこと。
行き場を失い、生きる意味と目的を失った人の顔をテレビで見て、私が飛び込んだ初めての福祉現場を思い出したのです。


私の福祉現場デビューは、実は高齢者福祉ではありません。
ジャンルで言うと保護課?低所得者福祉?貧困?・・・正式な仕事名は路上生活者自立支援事業です。ホームレスの支援ですね。
学生時代の4年間、ここの会社で二種類のアルバイトを経験しました。

一つは月に10回〜多い月で24日程の夜勤。
もう一つは同じ会社の別事業で、年末年始の2週間、路上生活者をまぁ、保護?する施設の住み込みアルバイトをしていました。

今日は私が4年間働いた夜勤のアルバイトについて書いてみたいと思います。


大学の入学式の翌日。とあるサークルの部室に行ったところ、初対面の先輩に「君、バイトやらない?」と言われたのが全ての始まりでした。
それまでアルバイトもしたことない私でしたが、詳細も聞かず「稼げるよ」の言葉に釣られ、二つ返事でOKしてしまいました。


バイトは夜9時入りで翌朝9時までの12時間です。
バイト先は、初めての時は通り過ぎてしまうほど気づきにくい、汚い雑居ビルでした。

「え!?ここかよ!?」というのが第一印象。

父親が普通のサラリーマンの家庭で、普通に高校生までやってきた私には全くの未知の領域でした。

30uくらいのフロアにパイプの簡易的な二段ベッドがぎっしり並んでいました。
特にカーテンも敷居もなく、人がすれ違うのがやっとくらいの導線と二段ベッド。それだけのフロアが3階ほどありました。
そこにわずかな私物というか持ち物をベッドにならべた“おじさん”たちが20人くらい寝ていました。
空気も慣れるまではとっても澱んでいました。

トイレは共用が各フロアに一つと、食堂兼談話階に二つ。風呂は3人ずつ入れるくらいの小さなものがありました。
食事は3食、弁当屋が運んでくるものでした。

基本的におじさんたちは日常生活のことは自分でできる人が前提なので、私の仕事は、トイレ、風呂掃除と、朝ごはんの配下膳と夜間の巡回でした。これをバイト二人で一晩行うものでした。

とりあえず、住んでいるおじさんも、建物設備も、全てがフレッシュな大学1年生にとっては“汚い!!”の一言でした。


iPhoneの半分位の巨大な黒光りしたゴキブリと目が合って、固まってしまい、にらめっこしたり・・・
仮眠していたベッドをねずみが駆け抜けたり・・・
仮眠していたベッドに茶羽根ゴキブリがいたり・・・
事務デスクの上をやっぱり黒光りゴキブリが歩いていたり・・・
トイレは、卑猥な本と一緒に、筆舌し難い程汚れ物が残っていたり・・・
おじさんのシーツを取ったらウジ虫がごそごそしていたり・・・
共用のゴミ箱はいつも小バエが飛んでいたり・・・
お風呂をあけたら、あるおじさんの背中の彫り物がものすごい鬼で笑っていたり・・・


でも不思議と嫌ではありませんでした。
まぁ、仕事の割に給料が良いのと、学生特有のハングリー精神で、あっという間に自分も薄汚れた生活に慣れていきましたね(笑)



『老人漂流時代』で、行き場を失った高齢者が一時的に住んでいた簡易宿泊施設がありましたよね。あれは個室で、施設も綺麗でしたが、あのような入居者が、上記のような環境下で暮らしていたと想像してみてください。



他の形態の施設もありました。こちらは、建物は綺麗で、本格的な自立支援を行っている施設でした。
路上生活の経験がある方が、自治体の生活保護課のケースワーカーから紹介されてきます。入居して、衣食住を提供し、ここから就職活動⇒就職⇒貯金⇒アパート契約⇒自立という流れを支援する場所です。
本格的なソーシャルワークを行っているワーカーさんたちの仕事ぶりも垣間見ることができました。
ここでも私の仕事は先の施設と同じような雑用と巡回の夜勤でした。

この施設のおじさんたちは、就職と自立という明確な目標があるのですが、なかなか難しい方が多かったですね。

ワーカーさんが一度こんなことを愚痴っていたのを覚えています。
「私たち一生懸命彼らを就職させて貯金させて自立させていく支援をしているけど、それだけで自立ってできるのかな。彼らが社会に戻ってもやっぱり打ちひしがれ、自暴自棄になって、他人や社会と衝突して、また路上に戻ってきちゃって。なんだか私たちの仕事って意味があるのかなっておもっちゃうのよね」

不況のあおりを受けてここへ来た普通な方もいましたし、今で言うところのアスペルガーやパーソナリティ障害のように社会や他者との関係性づくりが苦手な方もいましたし、色々な依存症の人もいましたし、やっぱり彫り物が立派な方もいました。


飲酒が禁止なのに、真っ赤な顔して興奮したおじさんを学生一人で恐怖を抱えながら対話したり・・・
ワーカーさんにブチ切れたおじさんが包丁突きつけて、それを仲裁に入って私も脅されたり・・・
仕事の愚痴を3時間くらい聞いてあげあり・・・
多分ですが、外で覚せい剤をやって帰ってきた人が意味不明なことを言って怒鳴り込んできたり・・・
規則を守らせなきゃいけないので説得してたら「おめぇ必ずぶっ殺すからな!」と脅されたり・・・
入居者同士のトラブルで興奮して一触即発のおじさん同士をなだめたり・・・

あのおじさんたちも、今は大半が立派な高齢者です。


さて。。。

平和に普通に生きてきた人が、高齢になり行き場を失ってしまう。そんな高齢者漂流時代が今社会問題になっています。
番組の言葉・・・

しかし、高齢になる前から親類縁者も行き場も死に場も失ってさまよい続ける人たちが実はたくさんいるんです。


いつからの漂流が問題なのだろう・・・
どんな誰が漂流したら問題なのだろう・・・
漂流ってなんなんだろう・・・


社会問題って社会の問題だから結局はつながっているもの。
どこからどこを切り離して論じるのか?
でも切り取って論じても、切り取った他の部分とやっぱり関連が出てくるから、一緒に考えなきゃいけない。


実は高齢者福祉って福祉の中でもっとも多様な人々が対象だと思うのです。

児童福祉は18歳までの人が対象です。
障害者福祉は障害をお持ちの方が対象です。
低所得者福祉は低所得な方が対象です。
etc

でも、高齢者福祉って、こうした様々なジャンルの人が全て行き着く福祉じゃないですか!?みんな年をとるのですから。

ならば、高齢者福祉に携わる者は彼らの歩んできたものを知らなきゃいけない。
高齢者漂流時代が社会問題・・・じゃなくて、そこまでの道程に関する社会構造全体も知らなきゃいけない。
そうしないと、高齢者になってからが私たちの守備範囲、ということでは対処療法しかできない。

せめて、知ることから始めなきゃいけない。そう思います。


なんだか、私のアルバイト時代の話を書いていたのですが、今日はコラムなので思ったことをダラダラ書きました。
高齢者の漂流という切り離された社会問題に、もっと前提があるような気がして。それが自分の経験から考えることでした。
介護に従事する者は、高齢者福祉に従事しているという感覚があるのかな?そこが気になるし、何が問題のきっかけになっているのだろう?と守備範囲以外に目を向けて、改めて自分たちの領域に目を戻すことが大事なのではないかと思いました。
少しでも多くの方にこの記事を見ていただけるようにランキングへのご投票よろしくお願いします!あなたの一日ワンクリックの応援、感謝いたします(>o<)
にほんブログ村 介護ブログへ
banner2.gif


Category コラム

介護の専門性新提案の老人漂流時代と私の福祉現場デビューのリンクについて

介護の専門性新提案の老人漂流時代と私の福祉現場デビューのリンクについて
リンクを自由に設置して頂いて結構です。
宜しければ以下のタグをご使用下さい。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。