ご本人が認知症と向き合って生きるとは?

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ご本人が認知症と向き合って生きるとは?

2013年7月9日

普段の仕事の中で、認知症高齢者の方が次のような言葉をいうことを耳にします。

「(思い出せないことに対して笑いながら)いやだわぁ、ボケちゃったかしらねぇ(笑)」
「こういうところで皆さんと話しているとボケ防止になるわね」
「(認知症の方の言動を遠巻きに見て)ボケちゃって可愛そうねぇ」

みなさんもありませんか。

この言葉は実家の母もよく言います。「あぁ、嫌だわそろそろボケが始まったかしら」などと。
最近は私自身も言ったりします。

この言葉の裏には「自分はボケていない」という暗黙の前提があり、物忘れなどに対する一種の自嘲的なジョークとしての意味合いがあると思います。

しかし、母や私と違うところは、この言葉をおっしゃる方自身が認知症であるということです。


つまり、この言葉を聞くと、私は認知症の方が、自分は認知症の症状がある、という自覚、病識が無いということの現れだと感じるのです。実際、知らされていないというご本人が多いです。または、病識を失うほど進行していらしゃいます。


一方、最近メディアや人前に出たり、書籍を出されている若年性認知症の皆さんは、自らが認知症であるということを自覚しながら、それと向き合いながら生きていらっしゃいます。
その姿に、勇気づけられたり、当事者の声から学ばせていただくことがあります。

そうした、認知症の病識がある方々と、病識がない認知症の方々の生き方は、どちらが良い悪いではないのですが、自分自身としっかり向き合える機会が前者の方がより確固たるものではないかと思うのです。

かつて癌の本人への告知は行われないことが当たり前の時代がありました。現在では告知とともに余命を如何に充実した生にするか、ということが考えられ、そのように生きる方も増えています。


認知症の人も、そのような時代になりつつあるかもしれません。


現在、オレンジプランでは早期発見、早期支援が大きな柱の一つになっています。このことの目的の一つは「本人が認知症と向き合って生きる」という意味合いがあるのではないかと私は考えています。
ご自分が認知症であるということを知る方も増えつつありますが、今のところ、介護職が出会う介護保険サービス利用者の多くは、ある程度状態が進行してから医療福祉機関につながるために、病識というところにも立てていない状態だと感じています。
こういうことも含めて認知症の方が、自分の認知症と向き合いながら生きる、ということを考えてみたいと思います。



私は、このことについて、三つの論点を挙げたいと思います。

まず、一つ考えなくてはならないのが『告知』です。
自分が認知症であるということ、それと向き合うために『告知』は一つの大きな影響力を持っています。

しかし、認知症は記憶をはじめ、高次脳機能が進行的に障害されていくという特性を持っています。
したがって、例え告知を受けたとしても、次第にそのこと自体を認識できなくなっていくことは充分想像できます。

それを前提に、まずは自分が認知症であるという告知を理解できる段階の本人に、告知をするか、しないか、その必要性という論点@があると思います。ケアプランにもご本人を配慮して、認知症という文言を載せないこともあったりしますね。認知症ということに関して恥辱的な意味合いがまだあるということも時代の事実だと思います。


次に、告知を受けた受けないにかかわらず、それを理解したかしないかにかかわらず、“今現在”自分が認知症であるという自覚が見られない、わからなくなっていると思われる方に対して、認知症と向き合いながら生きるということをどう支援していくか、というケアの手法についての論点Aがあると思います。


そして、そもそも認知症と向き合いながら生きる、ということはどういことか、という論点Bがあると思います。
前述しているように、高次脳機能が進行的に障害されていく認知症においては、認知障害段階から植物状態にまでなる段階があり(ナオミ・フェイル氏)、どういう状態が認知症と向き合いながら生きるということになるのかを考えることは大切だと思うのです。




私は以前出会った利用者を通じて、上記3つの論点について持論があります。

約9年の介護職人生の中で、自分は認知症であるということを自覚している利用者に私は二人だけお会いしたことがあります。お二人はご夫婦でした。

ご主人がレビー小体型認知症で、契約をさせていただきました。その時ご本人は自分がレビー小体型認知症であることをしっかりと自覚していました。
そして2年ほど過ぎた頃から、奥様もアルツハイマー型認知症の診断を受け、同じくそのことをしっかりと自覚していました。

お二人とは、認知症の症状に関する具体的な内容や、それによって日常生活に抱える課題、その中でどのようい生きたいか等を話し合うことができました。
奥様に至っては最後の辺りでは私の名前も忘れてしまっていましたが、それでも、初期の頃から築いてきた関係性に基づき支援が継続できたように思います。
転職に伴って晩年に寄り添うことはできませんでしたが、このご夫婦との経験はこの記事の論点について私に強い影響を与えてくれました。



@告知は本人が認知症と向き合うため、また、周囲の家族や専門職、近隣の方等と想いを分かち合うためにあったほうが良いと思います。ケアをしていく視点からも。そして、それは自覚ができる初期の段階であればなお良いと思います。

Aの論点についてはこれから実践しながら確認していきたいと思いますが、本人が様々な喪失体験をする過程でその苦しみを分かち合い、できないことを本人が受け入れるように一緒に行動を共にしながら、適切な声かけを行い、その時々のステージに合った本人らしさが体感できるような行動をして頂く支援が必要だと思います。

Bの論点について、本人が病識がありながら自分の日常生活を選択して生きることが一つの答えだと思います。しかし、その病識や言動する力が徐々に失われていく中では、Aのような支援を続けていくことがもう一つの答えになるように考えています。



非常に抽象的な持論ですが、まずはこの3つについて実践を重ねながら確かめていきたいと思います。


皆さんは3つの論点に関してどのように考えられますか。


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Category 認知症

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この記事へのコメント
文才無いのでコメントするのも悩みましたが、いつも勉強させて頂きありがとうございます。

私は理由は分かりませんが「認知向き」と言われヘルパーになってすぐ認知の方の訪問担当がありました。

昨日はお礼を言われたのに今日は「何で来てくれないの⁈」と叱られ、感謝の涙を流したと思ったら次の日は「どうして毒を飲ませようとするの」と薬を拒否、淋しさから私を帰してくれないので帰れずラストは先輩に来て貰い交代する事が何度もありました。

朝訪問すると破れたオムツが散らかり、家電を使えず汗だくで、あちこちにぶつけたせいで青タンだらけのRさんを見ていられず泣きながら会社に「Rさんはもう一人での生活は無理です!息子さんに電話して今の姿をすぐに見て貰ってください!」と電話した事を今も忘れられません。

私は今デイサービスで働いてますが、認知の方にはなぜか気に入られるようで「あんたの顔見ると安心する」と言って貰えて嬉しく思います。

もし私が認知になり家族に迷惑がられたり、自分が何でこの場所にいるのかが分からなくなる不安を考えると怖くてなりません。

私が認知症になったら病名を知りたくありません。向き合う勇気もありません。

変なコメントでごめんなさい。

Posted by ぽんぽこ at 2013年07月14日 10:39
認知症を自覚して生きて行く方は少数派ですよね。
自覚しておられる方とはケアの相談もできます。ある意味本人の意思が確認できている分だけ、将来その意思を尊重してゆけばいいのですから、ケアに揺るぎはないのではないでしょうか。
しかしながら、大多数の認知症の高齢者は自覚など出来ずに老いて行きます。
我々ケアワーカーはできるのは、いかに穏やかにあちらの世界にソフトランディングさせるかではないでしょうか。
ただただひたすらに寄り添うことだと思うのです。
Posted by りんご at 2013年07月21日 22:43
ぽんぽこさんコメントありがとうございました。

認知症の方との現場経験をたくさんされて、その中からたくさんの学びがあったのですね。
認知症のご利用者さんがぽんぽこさんを見ると、なぜ安心するのでしょうね。
ご自身がなぜ認知症の方に向いていると言われるのか考えてみたことはありますか。

ぽんぽこさんは認知症になったら病名を知りたくないのですね。
でも、きっと認知症の方とたくさん触れ合ったぽんぽこさんは「もしかしたら自分は認知症かも」と誰よりも気づくのではないでしょうか。

それはすでに向き合っていることの始まりのような気がします。

そして、今認知症の方は、もしかしたら不安で怖くなっている方もいるかもしれませんね。
Posted by kinsan at 2013年07月23日 20:41
りんごさんコメントありがとうございます。

おっしゃるようにただただ寄り添うということですよね。
いったい寄り添うとはどういうことをいうのでしょうね。

利用者さんの意思、自己選択、自己決定とはとても大切なことですね。
その意思は、認知症やその他の病等が進行した時、それでもその時の意思は尊重されるのでしょうかね。

私は、介護職が時に利用者の命の選択に関わることがある、その決定を介護職が握ることがあることを経験しました。

いつの、どの意思が表示された時が全てなのか。。。今も悩みます。

ソフトランディングは想像以上に困難極まりないです。

これからの時代、認知症に向き合う人が増えてくるのでしょうかね。。。
Posted by kinsan at 2013年07月23日 20:50
kinsanの言葉には本当に考えさせられます。

私は良く上司や先輩に怒られるヘルパーです。

「あなたの前で泣いていたのはあのおばあちゃんの演技だから本気にしないように」とか「身体洗ったのに洗って無いって言われたからってもう一度洗ってたら回転率が悪いでしょ」など…

でもそう上司に言われても、涙を浮かべて泣いている目の前の方が演技してるようにはどうしても見えないのです。だから信じちゃって一緒に泣いてしまいます。

「背中まだ流して無いじゃない」って言われると「すみません、お背中流しますね」ともう一度流してあげちゃいます。

私はテクニックが無いので、先輩が言う「上手く他の話に切り替える」が出来ないのです。

「立ち上がってうろうろして無い時は気にしなくていいから」と教えられても、なぜか不安そうな顔を見ると声を掛けずにはいられません。

訪問ヘルパーの時は上司と衝突して萎縮性胃炎になり身体を壊しやむなく辞めました。

今の職場の先輩には「デイサービスに向いてないかも」と言われています。

もしかしたらヘルパーに向いてないのかもしれませんね。





Posted by ぽんぽこ at 2013年07月24日 23:03
ぽんぽこさん、痴呆の方は演技ではありません。一瞬一瞬に生きているのです。背中を流してないと言われたらもう一度ながして差し上げればいいのです。介護に時間がかけられないのは現実ですが、効率よくやるのが介護ではありません。

寄り添うとは、何もかもが分からなくなって、不安になって問題行動を起こす高齢者のただただ傍にいてあげることだと思います。あなたはここに居ていいのだ、私たちが傍にいますからと感じてもらうことだと思います。

Posted by りんご at 2013年07月26日 20:39
kinsan、初めまして。
私はこのコメント欄の最高齢者かもしれません。

ただ、今日あまりにも壁にぶっかり気持ちが萎えましたので皆さんの若い声現場の声が聞きたくなり

年齢はいっても遣る気、利用者さんと一緒に寄り添いたい気持ちは負けません。

認知、私は今自分もゆるやかに滲んで来ているかも。
でも、あまり自覚するようでしたら医者に告知して頂き穏やかな認知症になりたいです。

しかし、私の現在勤務しているデイサービスの利用者さん、告知されている方〜それ以前家族がまさかという内にこんなになった、多いです。

これから、増える65歳〜70歳代の方に事前の認知について、市町村単位で知って頂くと云う事が大事だと思います、家族が気付いて初めて初歩の認知が解ると思います。

今日の出来事は、次の勤務の後に又コメントします。

ごめんなさい、コメントした事で少し気持ちが、治まりました。
Posted by こうめ at 2014年03月04日 21:10
こうめさん、コメントありがとうございます。

現在現場に立ちつつ、ご自身も認知症というものに向き合うかもしれないという心情を綴っていただきありがとうございます。

私は認知症状をお持ちの方が認知症と向き合うことは大切なことの一つだと思います。
しかし、答えは一つではないと思います。まだまだ認知症に対する偏見は根強いですし、告知を受ける権利も知らない権利、知りたくない権利もあるのだと思います。

こうした議論を経ずに、一律にましてや行政からの働き掛けを求めることはまだまだ怖い気がします。

一人一人の利用者さんと真摯に向き合う専門職が対話を重ねて、向き合うような思いになった時にそれが知れるような丁寧な支援環境こそ構築が急がれるかもしれません。
Posted by kinsan at 2014年03月05日 07:49
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