介護職に向いている人という議論の整理

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介護職に向いている人という議論の整理

2014年1月17日

前回http://kintokaigo.seesaa.net/article/384593364.html「介護職に向いていいる人」という記事を書き、いろいろな方からご意見を頂戴しました。

今日は、その意見交換から見えてきた、このテーマ「介護職に向いている人」ということの整理と考察について書いてみたいと思います。


T.【カテゴリ】
まず「介護職に向いている人」という問いに対する答えとして、大きく二つのカテゴリがあることがわかりました。

@スキルや職業倫理などの「専門性」に当たるもの
→「話が聴ける人」「相手に敬意を払える人」「笑顔がある人」「相手のペースに合わせられる人」等

A固有のパーソナリティである「資質」に当たるもの
→「明るい人」「お年寄りが好きな人」「人といることが好きな人」等


U.【性質】
@Aのカテゴリで分けられた両者にはそれぞれ性質があるようです。

「専門性」は対人援助職として身につけることができる性質を持っているといえます。
つまり教育の良し悪し、有無によってそれが左右されるのです。
したがって「専門性」に関しては「向いている」という問いではなく「求められること」として問われることがより適切であるといえます。

話が聴けたり、相手のペースに合わせられるということはAのパーソナリティにおいて出来る人もいますが、対人援助の専門職として理論として学び、教育によって反復・反省し、実践においてスキルとして使いこなしていくことができる可能性があるのです。

ここを、パーソナリティだけでできることを良しとしてしまう風潮は根強く残ってます。教育による改善の可能性を本人のパーソナリティの責任にしている現場文化はないでしょうか。
理論化・体系化・科学的裏づけの蓄積をして、介護職の専門性として高めていくが問われているかもしれません。
いずれにせよ「専門性」と「資質」が混同されているのが現状のようです。

「資質」については個々の人が人生の中で形成した固有のものですが、環境や経験で変化していく可能性があるようです。
「明るくない人」や「人といることが苦手な人」が利用者さんと接したり、先輩スタッフなどのフォローを受ける中で変化することも十分にあり得るのです。
ですから、資質において介護職に向いてない、と一刀両断することなく、介護職に向くような資質に変化する可能性を信じて、周りの環境が整うこと、整えることも必要なようです。
ただ教育で身につく可能性が高い「専門性」に比べると、「人と接することが苦手」「他人の排泄物を見たくない」というような資質の変化を待つことは険しい道のりであることも抑えておく必要があります。


V.【ポジション】
「向いている」ということはその人の立場やポジションによって変わり得るものだということです。
つまり主語をどんな誰にするかを明確にしないといけないということです。

その人が介護を学んでいる学生なのか、介護を志そうか迷っている子供なのか、社会人なのか。
あるいは、介護の仕事についている新人なのか、中堅なのか、経営者なのか。
介護の仕事を辞めようか悩んでいる人なのか、ステップアップを目指す段階なのか。

また、その人が所属する事業所の形態が訪問介護なのか、通所介護なのか、特養なのか、障害者分野なのか。
事業所が土着の中小企業なのか、全国展開する大手なのか、拡大路線なのか、地域密着型なのか。

向き、不向きは、その人のポジションによって多様に変化し得るのです。
そうした固有の要素を問うているのか、介護職に通底する要素を問うているのか。
いずれにせよ「向いている人」の主語を明確にしないといけないということです。


W.【労働として】
介護職について「向いている人」を問う中で、介護職固有のことではなく、働く•労働ということに広く当てはまる要素を答えられる方もいます。
「挨拶ができる」「ルールを守る」等です。

介護の現場ではそうした常識、社会人としての前提、といったことができない方がいると感じている方からはこのような答えが出てきます。
ある一面で当然のことです。
しかし、これは介護職固有の「向いている人」の要素ではなく、広く労働の前提となる要素であり、混同されていると考えられます。

しかし、この社会人の常識は、時代と共に風化していることも事実かもしれません。
「当たり前」「常識」も常に変化しつつあるのかもしれません。そのことを棚上げできない時に差し掛かっているかもしれません。

介護は慢性的人材不足であり、就職に関しての水準を他の労働よりも下げざるを得ない課題もあり、このような答えを生み出す要因になっているのかもしれません。



さて、私は今回「介護職に向いている人」というよく見聞きするテーマについて考えてみたいと思いました。
その背景の私なりの一番の理由は、この問いの求めることが「人材が欲しいから」であると考えております。

向いている、という問いの本質はやはり@の専門性ではなく、Aの資質の部分です。
両者が混同されているのが介護。
まだ未成熟で明確な介護が社会的認知を得ていないから。だから混同が生まれます。

しかし、やはりこの問いの本質はAであると考えます。

では介護職に向いている資質を問う理由は何か?

やはり、人が欲しいから、ではないかと思わざるを得ないのです。
「優しい」「明るい」「人が好き」というパーソナリティを掘り起こし、家族や先生や社会が労働者を介護に結びつけている気がしてなりません。

聞こえのよい美辞麗句が蔓延し、中身が曖昧にぼやかされ、本質的な課題が隠蔽されているという、社会の「ポエム化」があります。
介護はこの「ポエム化」がしやすい
分野であり「感謝」や「愛」「幸せ」「絆」などが「人が好き」「優しさ」などのパーソナリティと結びつけられやすいと感じます。

だから、あなたは介護に向いている。
あなたでも介護はできる。
何の取り柄もないけど優しいから。


今、個人レベルを超えて、現場が社会が人材を求めています。
介護は3Kである、という私の考える事実に対して、慢性的人材不足が本質的な課題をオブラートに包みこんでしまっているのではないでしょうか。


向いているかどうか?

よりも

やってみる。
やろうと介護に一歩を踏み入れた仲間を受け入れ育てる。
育てられる人、環境、教育、政策をつくっていく。

こちらの方が大切な気がしてなりません。

風呂の蛇口を増やして栓を全開にする以上に、風呂の栓を少しでも閉じられる介護業界にしたいですね。


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