「私は認知症ですか?」という問いに向き合って

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「私は認知症ですか?」という問いに向き合って

2014年3月16日

「私は認知症なのか?」
先日利用者さんからのこのようなストレートな質問を頂きました。

この問いは電話で受けたのですが、この質問の真意、そこから導き出されるニーズはなんなのか?提供されるべき介護はどのような展開であるべきなのか?
利用者さんと向き合い、考えたプロセスを記録してみたいと思います。

Aさん女性、地方ご出身の方で、独居、要介護1。
日常生活は自立してますが、服薬管理やライフラインの管理が難しく、お金もあればあるだけ使ってしまいます。歩いてお一人で来所できますが、時々迷子になったりします。
最近は名前を覚えていたスタッフのことを忘れたり、さっき何していたか思い出せなかったり、自分に子供がいるかどうか思い出せなかったり記憶障害が目立ってきています。
現在だけでなく、長期記憶やエピソード記憶も抜け落ちがちなのが特徴かもしれません。

「あれ?薬のんだっけ?」
「出身?あれ?私は〜、どこでうまれたんでしたっけ?」
「子供?確か〜、あれ?うん?いたような?」
「なんで東京出てきたんだっけ?」


そんなAさんから夜に突然電話があったのです。

第一声が「私って認知症なのかしら?」でした。

その後
「認知症ってどうなるの?認知症って治るの?私は認知症じゃないよね?」

最初に受電したスタッフはしっかりと傾聴しながら、質問に丁寧に一つづつ答えてくれたようで「完治はしないが低下を緩やかにすることはできる」旨を伝えました。
電話だったので深い話はできないのですが、それを聞いたAさんは
「じゃぁ、今までみたいにユアハウスにお世話になって生活すればいいんですよね?良かった。わかりました!ありがとうございます」
と言って電話を切ったそうです。

すぐにそのやり取りの報告を受けた私は次の確認の必要性を考えました。

@なぜこの質問をしてきたのか?
A病識はどのようなものか?
BAさんは電話で四つの質問をしてきたが、一番知りたいことは何だったのか?それは何故か?


私はすぐにAさんに電話を折り返しました。
Aさんはすでに先程スタッフに電話をした内容を忘れていましたが、私が説明すると

「あ、そうそう、私って認知症なんですかね?認知症ってどうなるの?」という質問を繰り返しました。

私は翌日お会いする約束をしました。
Aさんは「教えてください。勉強させてください。明日行きますから、よろしくお願いします」と強い想いをにじませながらおっしゃいました。

翌日、Aさんと向き合う時間になりました。
Aさんはやはり、昨日私と話をする約束をしたことを忘れていました。

しかし「昨日Aさんは、自分は認知症なのか?と電話をしてきましたよ。知りたいことがあるんじゃないですか?」と口火を切りました。

A「私は認知症なのかな?」
私「認知症なのかな?って思う事があったのですか?」

A「テレビで認知症のことやってて忘れちゃうとか、迷子になるとかで、あれ〜、これ私のことだぁって思ったんですよ。私認知症なんですかね?違うよね?」
私「Aさんがテレビで認知症の方と同じようなことが起きていることはわかりました。でも、僕はAさんが認知症ですって言うことはできません。その診断ができるのはお医者さんだけです。でも、Aさんがそのことで何か困っていたり知りたいことがあるならばお手伝いできることはあると思います。何がお困りごとですか」

A「認知症の人ってどうなるの?」
私「人によって表れる症状や出来なくなることは全然違いますが、一般的に、物事を思い出せなかったり、次第に時間や季節、場所や人がわからなくなったり、言葉が出にくくなったり、次第に歩いたり動くことが出来なくなる方もいます。最終的に寝たきりになる、植物状態と呼ばれる状態になるかたもいます」

A「そうなんですか。私場所があれ〜?ってなることあるかなぁ。でも朝起きて、あぁ、ユアハウス行かなきゃ。行けば皆いるし、ご飯食べれるし、お薬もらえるってそれだけは覚えてるんですよ」
私「ユアハウスに行くことは覚えてるんですね」

A「そうそう!それにまだ時間や季節はわかりますよ。今夏ですもんね」
私「.....Aさん、ごめんなさい。今は2月なので春と冬の間くらいです」

A「え、えっ?冬ですか?夏じゃないの?はっはっは、わからなくなってますね。でもわかることもあるから認知症じゃないかな」
私「僕も忘れたり思い出せないことはありますよ」

A「でもね、自分には子供がいたか思い出せないこととか、そんなの忘れる?子供産んだか産んでないかもわからないっておかしいですよね」
私「自分が子供を産んだかどうか忘れることは、普通に考えるとおかしいことだと思いますよ」

A「そうよね。おかしいですよね。。。。。」

私「Aさんは僕に一番なにを教えて欲しいですか?」

A「ん〜、ん〜、、、、私ってこれからどうなるのか知りたい。うん、そう、知りたい。。。私ってどうなっちゃうのかな?」
私「多分というか、絶対ですけど、最後は死にます。それは僕も一緒。当たり前ですよね?」
A「そうよね」
私「だから、Aさんが死ぬまでにどう生きたいか?どう死にたいか次第でこれからは変わると思いますよ」

沈黙

A「私はね、ユアハウスに行けば、あぁ、皆いるから行かなきゃ、ご飯食べてお手伝いしてお薬もらってっていつもそれだけは覚えてるんですよ。。。そう、ユアハウスに行かなきゃってね」
私「ユアハウスに行かなきゃって思うんですね。。。。Aさん、Aさん、どこで死にたいですか?」

A「ん〜、ん〜、今のあの家ですよね。あそこで死にたいわ」
私「今の家で死にたいんですね。じゃぁ、最期、死ぬ時に誰に看取られたいですか?誰にそばにいて欲しいですか?」

A「。。。。ん〜。。。(首を傾げて深く考えこむ)。。んー、んー。」

A「、、、娘よね。娘に看取られたい。あれ?私娘いるよね?」

私「娘さんいますよ。そうですか、娘さんに今の家で看取られたいんですね」
A「そう!そうです!」

私「Aさん、その最期が迎えられるように、ユアハウスの僕たちはAさんのこと支えさせて欲しいです。これからもしかしたら忘れること増えるかもしれない。きっといつかは僕に下の世話になるかもしれない。病気になって何もできなくなるかもしれない。でもそれって人が生きて死ぬってことですよね?Aさんも長生きしたんですからたくさん見てきましたよね?人が死ぬまでに生きること」
A「うん、見てきた。私もきっといつかはそうなるよね」

私「僕もいつか誰かに世話になると思います。妻か娘か他人かわからないけど?だから、何かのご縁ですから僕らにそのお手伝いさせてくれませんか?Aさんが望むように死ねるように。そして、最期は娘さんに骨拾ってもらいましょう。そうなるように僕たち娘さんとも仲良くならせてください」
A「よろしくお願いします。。本当によろしくお願いします。私はねユアハウス行かなきゃって朝起きるといつもそれだけ思い出すの。だからお願いします」

Aさんは涙を流して頭を下げられました。

私「じゃぁ、またお台所手伝って頂かなきゃですね(笑)」
A「はーい(笑)」

私「Aさん、最後に一つ聞いてもよいですか?Aさんは自分が認知症だと思いますか?」
A「ん〜、、、認知症じゃないと思います(笑)」


私は認知症という状態の最も苦しいことは記憶が失われていくこと=自分を形作る関係者や役割、過去が消えていくこと=自分という存在が消えてしまうこと。
アイデンティティクライシスという言葉以上の存在消滅の危機と苦しみなのだと考えています。

マズローの自己実現も、エリクソンの老年期の統合もできない。自己と生きる意味と目的、自己そのものの喪失です。
何事にも代え難い苦痛ではないかと思います。

この苦痛に向き合いながら一緒に今とこれからの生活を描き、作っていくのが介護福祉士の仕事なのだと思います。

Aさんの場合、自分の中に生まれている変化に気づき、自分はどうなってしまうのか?という不安がとても大きくなっていたのだと思いました。
ですから自分が認知症であるかどうかの診断が欲しかったのではなく、これからの自分がどうなっていくのかわからなかった。
だから、最終地点を一緒に描くことでそこにどう向き合って行くかをユアハウスは一緒に考えてくれる、それがわかったことが大きな一歩だったと思います。
(ちなみに後日談ですが、Aさんは主治医にいつも「認知症なんだから道わかなくなったらユアハウスに電話するんだよ」と言われているそうです)


クリスティーンブライデンさんの「私は誰になっていくの?」から「私は私になっていく」と著書のタイトルのような変遷があったことはエリザベスマッキンレーさんがいたからですし、認知症ではありませんが、ヘレンケラーさんもアンサリバン先生がいたから、生き方に向き合えたと思います。もちろんご家族も。

だからこの苦痛に向き合う利用者さんを真に支援する介護福祉士になりたいわけです。
ただ、向き合うことには専門職としての力量は必要でしょう。
果たして自分の向き合い方は良かったのか、これからどうしていけば良いのか。

スタッフと共有し合い、家族と共有し、Aさんを支えていきたいと思います。


Aさんがユアハウスの皆とか言わずに「娘に看取られたい」と言ってくれたことが個人的にとてもホッとしたのは本当に個人的なことです。
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