認知症をお持ちの方への説明と同意

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認知症をお持ちの方への説明と同意

2014年7月27日


認知症を持つ方への説明と同意とは何でしょうか。

嘘をつかない、騙さない。
相手への説明、選択と自己決定。

言うは易く行なうは難し


最近、介護現場に勤める者としてテクノロジーやデザイン、その他、他業種からのコラボの依頼を多く目にします。
そして、介護の実情や課題を知りたいという方、介護業界をより良くすることに助力したい、とおっしゃって下さる方に多く出会うようになりました。

今日は彼らと対話をする中で、認知症を持つ方への説明と同意について考えることがあったので書いてみたいと思います。


なんらかのテクノロジーを商品化して世に出すために、他業種の彼らは概ね次のような手順踏むようです。

@介護職や介護家族などからヒアリングその他を行い、業界や現場の課題、不便、不満、不足を抽出します。

Aそこに自分たちのテクノロジーがどう活かせるかを考えます。

B何か試作となる形を作り、実際の現場で試験をしたり、データを集めたり、その有効性や効果をモニタリングします。

C改良などを重ねて商品化し、販路を開拓して世に出していく。

だいたいこんなところでしょうか。


今日の記事のテーマはBの現場での試験についてです。

ある他業種の方に聞きました。
大丸1大丸1︎協会の倫理委員会では、認知症の方で試験をする際、本人の同意が取れない、という理由で現場試験自体が許可されず、そこで開発が頓挫しているメーカーがたくさんある」
とのことです。

「なので、そこを通さずに現場試験を重ねなければ商品化につながらない」

とのことです。

実際の現場試験で認知症の方を対象にする際、多くがご家族の代筆による同意書を交わしているそうです。

介護サービスの契約書でも同様のことが行われていますよね。家族による代筆。

確かに、書面において認知症を持つご本人が明確な条件理解のもとに同意の署名をすることは難しいかもしれません。
だから成年後見制度や日常生活自立支援事業などがあるわけで。


ただ、法的な効力を発揮する書面での話ではなく、自分が何という製品のどんな目的で実験や試験に協力を求められているか、という説明は、例え認知症をお持ちの方でも必要なのではないかな、と思うのです。
仮に家族が承諾しなかった場合、試験は諦めて他の方を探すはずです。
ならばなぜ本人には説明がないのか。本人に拒否権とその機会はないのか?なんか変だな、と漠然と感じました。


書面での説明同意と、基本的ケアとしての説明同意が、なんだか前者に軍配があるような雰囲気です。

これはもしかしたら、私たち介護職自信が暗黙のうちにやっていることなのではないかなと感じました。

認知症をお持ちの方の衣類に名前を書いたり、本人の持ち物を勝手にしまったり。

不思議なことに、テクノロジーの倫理委員会では許可が取れなくても、商品化されたテクノロジーを使う際、私たちは本人に同意を取らずにそれを使ったりします。

認知症をお持ちの方のベッド脇に離床センサーを置いたり、徘徊する本人の持ち物などにGPSをつけたり。

「あなたはお一人でベッドから降りて歩くと、歩行が不安定で危ないので、立ち上がる際はナースコールを押して私たちを呼んで頂きたいのですが、なかなか押して頂けないので、ベッドを降りると私たちに知らせがくるセンサーをここに置かせて頂いて良いですか」

という説明を認知症をお持ちの方に伝えている場面を見聞きした記憶が私にはありません。


たくさんの反論が聞こえてきそうですが、きっとその中核にあるのは私たちが認知症をお持ちの方に対して次のような確固たる先入観を持っているからだと思います。

「説明しても忘れてしまうから」

私もそれは思っています。
でも、他業種の方々と話をしていて、自分たちの行いの矛盾を感じるのです。


テクノロジーや実験、試験に対しては「本人で実験をするとか尊厳を傷つける」「人間で実験をするべきではない」「利用者さんにそんなことはできない」と私たちは感覚的に思ってしまいます。

でもそれは私たちが暗黙に認知症の方の同意は取れない、つまりそれは説明しても忘れてしまう、理解できない、と確信的に思っているからです。


私は、本人の同意が取れない限り試験などはすべきではない、と言いたいのではありません。
また、ご本人が明確な条件理解の記憶を維持できるはずだ、とも思っていません。

何が言いたいかというと、例えどんなことをご本人に協力して頂く場合であっても、認知症をお持ちの方という前提条件のみで、本人に何の試験にご協力頂くかの説明を省くべきではない、ということです。

つまり、どんなことであっても、基本的なケアとして、本人に説明を行なうということです。


理想論かもしれません。家族が同意していて本人が拒否したら試験をやらないのか?それじゃぁいつまでもできないじゃないか!?
と言われてしまうかもしれません。

ケアの例で言えば、本人が入浴拒否し続けるなら入浴させないのか!?
ということになりますが、違います。

同意が全てではないということを言いたいのだと思います。

現場ではあの手この手で入浴をして頂こうとします。時に嘘もつくかもしれません。ノリで入れてしまうこともあります。
でも、入浴後には必ず嘘をついてお風呂にお誘いした、なぜなら、、、という説明が必要だと思うのです。


ご本人は忘れてしまいます。
同意は不安定です。逆に拒否する気持ちも不安定です。
同意が絶対でそれがなくては何もできない、ということでもありません。

ただ、どんなことがあっても、それが事後になってしまっても、繰り返しになっても、ご本人に説明をすることを省くことだけはしてはいけないのではないかと思うのです。

そういう認知症を持つご本人を一人の主体的人間として見ることを私たちは忘れている、麻痺しているのではないかと他業種の方と話していて思いました。

「この人がこういうことをするためにAさんにこういうこと協力してほしいって言っているんですけど、協力してもらえますか」

ということを伝えて、本人からのOKを頂ける関係でありたいと思います。

きっと同意を頂けないような、拒否されるテクノロジーの試験もあるはずです。そういう時はどうするのか?本にの同意を待っていては何も進まない。

答えはありませんが、私は本人に説明をして、拒否されたにも関わらず、それでも本人に黙って試験をしている、という罪悪感を背負うべきだと思うのです。私たちはそれだけの権利侵害を認知症を理由に行っているのですから。
そして、必ず試験が終わったあとに、ごめんなさいと何をしたのか説明をするべきなのかなと思います。


後から本人に伝えて、本人が混乱したり、不穏になったらどうするんだ!?

んー、勝手にやられたことを知った本人が不穏になったり怒るのは当たり前なのかなと。
だから、それだけのことを自分たちはしている、という自覚を持たなきゃいけないのかなと。

単なる自己満足か、ストイックというのか?プロの持論なのか?

なんだか色々考えました。

あなたはどう思いますか?



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Category 認知症

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