ケアを統一するとは

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ケアを統一するとは

2014年9月20日


ケアの統一

これは日頃からよく現場で言われる言葉です。

統一という言葉は辞書的には「分かれているもの、分類されているもの、多くあるものをまとめる」ということのようです。

さて、ケアの統一は聞きますが、医療の統一というのは聞きませんよね。

ここから考えられるのは、ケアというのは分かれやすい、分類されやすい、たくさんある。つまり、統一しないとバラバラになる、一貫性がなくなるという性質があるのでしょうね。逆に医療は統一しやすいのかな?


同じく、家族ケアの統一、インフォーマルサービスの統一、という言葉もあまり聞きません。

家族や友達や隣近所による本人へのケアは統一の重要度よりも、存在の方が重要なのかもしれませんね。



さて、私は現在、介護福祉士会で研究研修を受けてます。
現在進めているのは事例研究です。

例えば、認知症状をお持ちの方にある周辺症状が見られるとします。
その原因の仮説を立て、具体的なケアを展開することでその症状に変化があったかどうか?をまとめる。
まぁ介護過程と同義ですかね。

実証の客観性が厳格に求められる研究においては、この”具体的なケアを展開する(=介入)”が一定の条件を満たし続けていることが求められます。

介入するスタッフによってやり方が違っていたら、本当にその介入に効果があったかの根拠が示せないわけですから、研究にならない、という当たり前の話ですよね。

つまり、仮説に対して行うべき介入(=ケア)が統一されていないといけないわけです。しかし、研究をやってみて今まで以上に強く感じます。

「ケアを統一することは難しい」


私たち介護職は「計画書」「手順書」「マニュアル」「職業倫理」「事業所•法人理念」「法律、基準」などで、その内容やレベルに応じてケアという仕事の統一を図られます。

それほどまでに放っておくとバラバラになってしまうものがケアなのでしょう。

しかし、研究を通じて深く反省させられたのは、”統一”の目的が伴わないで統一の内容が伝達されていることです。
なぜここのケアを統一しなければならないのか?統一されたケアが提供された先に何が期待されるのか。
そここそが私たち介護職の専門性たる根拠であるはずなのですが、とりあえず行うケアの中身だけが統一されようとしてしまうことがあります。
すると目的意識が伴わないので統一したつもりのものが形骸化したりする現象が起こるのだと思います。


計画書を作ればいい
手順書通りにやればいい
基準の範囲を守ればいい


自分自身もスタッフにケアの中身だけを伝えていないか?
目的も添えてはいるが、しっかり伝えられているか?
そもそも自分がケアの思考の可視化、構造化を行った上で、目的とケアの内容を考えているか?


介護職の人員不足が懸念される中、介護とい仕事のの平準化、均一化が進みつつあると個人的には懸念しています。
間口を広げて敷居を下げることは業界の大切なタスクの一つかもしれませんが、大切な専門職としての存在意義が薄らいでは栓の外れた風呂にお湯をいれるようなもの。

ケアの統一、という言葉に自戒も含めてそのようなことを感じました。


研究研修で最初に言われたこと。

「研究というのは利用者の生活の益になる、という目的があってはじめて研究になり得る」


目的を置き去りにした標語、介護業界に増えているかもしれません

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