失っていた寄り添う力

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失っていた寄り添う力

2014年10月18日


現場介護職員として仕事をしながら、職場の新人教育や後進の育成に携わる立場になって久しくなります。
現場スタッフの喜びや成功体験、苦悩や失敗を一緒に分かち合う中で、自分が成長したことと同時に成長の鈍麻を感じます。

最近切に感じる成長の鈍麻は「寄り添う力」です。

「寄り添う」というのは色々な解釈があり、また抽象的で曖昧であります。
私の中にもいくつかの解釈があり、まだ統合できていません。
私が思う「寄り添う」の一つの解釈は「共苦(compassion)」です。ラテン語で一緒に苦しむという意味があるそうです。


私の介護の原点となる利用者さん数名からこの意味を学びました。

ある60代男性の利用者さん。天涯孤独で生活保護。そんな彼と私は時間をかけて関係性を築いていきました。
しかし、あることがきっかけとなり、警察沙汰、入院、身体拘束、廃用症候群、廃人・・・貧困ビジネスのお世話という末路でした。
人の役に立ちたいという志を持った私に「無力」の二文字を突きつけたエピソードでした。
彼を支えきれなかった自分を責め、己の無熟さ、無力さに怒りを覚えました。


私の父は数年前脳梗塞で倒れました。
脳動脈瘤が見つかり、緊急の大手術。歩いてオペ室へ入った父は、高次脳機能障害の様体でICUにいました。
一時的でしたが人格障害のような父を見て母は涙し、私は全ての感情を押し殺していました。

そんな私の様子を見ていたある女性の利用者さん。
自分の弱みを見せまいとしていた限界の私に「泣いていいのよ」と言ってくださいました。

また別の利用者さんも私の押し殺していた感情を決壊させてくださいました。
まさに、意図的感情表出をさせられた私の傍でその方は一緒に泣いていました。
「ごめんなさい。私には何もしてあげられない。あなたの悲しみを癒せない。ただ一緒に泣くことしかできなくてごめんなさい」

この言葉に救われました。


こんな方々に教えられ、私は自分が無力であり、何もしてあげられない人の宿命に対して共にあること、共に苦しむことの意義を学びました。
この時、当時の上司が私に教えてくれたのが「共苦(compassion)」でした。

抗えない人の宿命を前に、押しつぶされそうなその人と、共に苦しむ、それが私の中の「寄り添う」ことの一つの解釈として定着しています。



そして、今、新人さんを通じて、自分の中の「共苦」が鈍麻していることを感じています。

共苦とは、その利用者さんが人生の宿命を前に苦しみ、そしてともにその苦しみを分かち合うことです。それがその人を支える力となるという解釈です。
本当の“スピリチュアルペイン”に対しては“共に分かち合う”ことが“スピリチュアルケア”となる。つまり力となるのです。

しかし、皮肉なことに今の私はその解釈が定着しているからこそ、共に苦しむという答えを持つという力がある為に、その人の苦しみの前で本当の無力になりえないのです。

私は自分の未熟さ、無力を恥じ、結果一つの答えを持つことで、力を持ち、それを手放せないのです。無力になれない。共に苦しめない。。。泣けない・・・

別の表現で言うと、揺らぐことができない。。。



ここ2、3年、そのことに自分自身悩み苦しんでいました。

しかし、先日久しぶりに自身の内面にこの漣が起きたことを感じました。

認知症を患う80代の男性利用者さん。それを見守る奥様。

ご本人が様々なことを“忘れていく”中で、自分を守ろうと、保とうと必死に抗っています。
その否認・怒りのステージを揺れ動きながら、少しずつ焦り・抑うつのステージになってきました。

「自分はダメなんです」
「死んじゃいたい」
「わからなくなっていくんです」

そんな契約当初は聞かれなかったご本人の言葉を前に、奥様も「どうしてこんな病気になっちゃうんでしょうね。何か私たち悪いことしたのかしら」と言葉を詰まらせました。

ご夫婦が必死に抗い、しかしその抵抗が無駄であり、宿命の前に無力であるという悟りではなく、諦めの気持ちを吐露された時、私は言葉が出ませんでした。

普段であれば、反復の技法でも使ったでしょうか。情緒的支援と実際的支援を行ったでしょうか。。。

自分は無力が嫌で学びました。対人援助職として役立つ自分になりたくて。
しかし、共苦を置き去りにしてきたように思いました。


しかし、違う、ということに気づいたのです。


共苦ができないのではない、しないのではない。

私は、対人援助職をサボっていたのです・・・

中途半端に知識を持ち、技術を持ち、経験年数だけ重ね、人を教える立場になり、立場がマネジメント側にシフトするにつれて、目の前の利用者さんに深くじっくり踏み込むことをしていなかったのです。

ですから、この利用者さんを前に湧き起った感情は「この人を失いたくない、別れたくない!」というまったく自己中心的な感情でした。
そしてこの方との別れが像として出てきた瞬間私は涙が溢れました。

「大切なことを忘れていってしまう。どんなにお辛いか。私には何もできなくてごめんなさい」

この一言が自然に出てきました。

何もできない自分を受け入れることは久しぶりでした。

利用者さんから「ありがとう」と返ってきた重く暖かい言葉に私は癒されました。


介護という仕事はその人と環境や関係性に働きかけて、ご本人の生活の自立を目指すものです。
その手技、技法は山ほどあります。それらを全て行ったうえで、それでもなお抗えない宿命に対して、私は久しぶりにご本人と一緒に肩を並べて立つことができたのです。
自分自身の対人援助職、介護福祉士としてのアイデンティティが崩れそうでした。
それを取り戻せたことに安堵しています。


初心忘れるべからずとは言うは易く行う難しです。

改めて、介護福祉士として、目の前の利用者さんにやるべき支援を行い、そして寄り添おうと思いました。
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Category コラム

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