介護と福祉と専門性を考える2

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介護と福祉と専門性を考える2

2015年8月3日

先日参加した研修にて、オーディエンスの方から次のような質問がありました。

「アルコール中毒症(依存症)の方が”俺は死んだっていいんだ”と主張してきたとして、介護福祉職としてはどうするのか?」「本人がそれでいいと言っているのに、それにどんな根拠を持って立ち入るのか」「何が判断の基準になるのか?何を基準として判断しているのが福祉職なのか?」

というニュアンスだったと思います。

私達、介護福祉士とは何を持って介入を行うのか。その根拠や立ち位置となる価値とは一体何か。
この問いに答えることが私たちが飲食業に代表されるようなサービス業ではなくて、福祉に身を置いていることの表明であると思います。
そして、だからこそ私は「お客様」と呼ぶのではなく「利用者さん」と表現することの根拠にもなると思います。

もし私がオーディエンスの方の質問に答えるとしたらこう答えたかなと思います。

「もし、そのアルコール依存症の人の目の前に突然刃物を持った人間が立ちはだかり襲おうとしたらきっとご本人は慌てふためき、逃げよう、避けようとするでしょう。極端な例え話ですが、どんなに”死んだって構わない”と言っている人でも目の前に突然の死を突き付けられたときには本能的に逃げようとすると思います。」

「つまり、人は元来”生きよう”とするはずなのです。(これがコメンテーターの方が言及していた”命への普遍性”かと思います)だから、本当は生きようとするはずの人間が、「死んでも構わない」と言うのは死んでしまいたいくらいの出来事があり、気持ちがあるということの裏返しだと思います。つまり、本当はご本人は何を望んでいるのか、または望んでいたのか。そしてそれがどうして今の状態、気持ちになっているのか。そこを伺っていくことからはじめます。(コメンテーターの方はここの着眼点を非言語サイン、特に”目”とおっしゃっていました。私もそれを一つの基準にすると思います。)」

「しかし、ほとんど関係もない初対面の人間に「実は俺こんなことがあって、それで辛くってこんなにおちぶれちまったんだ」なんてポロポロ話すはずがありません。ましてや「助けてください!お願いします」なんて言いません。自分が何に困り、何を助けてもらえたら自立した生活ができるかを把握していてSOSを出せる方ならば積極的に専門職から関わる福祉の必要性はほとんどないはずです。」

「だから、信頼関係を築くことからスタートします。(”関わり”を求める普遍性のこと)こいつなら頼ってもいいな。助けてもらえるかもしれないから頼んでみようかな。というここにいくまでが福祉の第一歩です。ここからケア(介護)が本格的に始まります。」

「私の持論ですが、ここがサービス業と福祉の違いです。『本人のWontにNoをつきつけ、本人のNoに介入することがある』ということです。だから、彼らは”お客様”ではないのです。」

「ちなみにここまでのアプローチは社会福祉援助技術におけるケースワーク(個別援助技術)の原則である”バイスティックの7原則”等にあります。つまり、こうした援助を拒否するような”インボランタリー”と呼ばれる人々への介入はソーシャルワークが長年培ってきた実践学として存在しているのです。」

「この点が、シンポジストの方が仰っていた介護に相談援助面接力が足りない、とおっしゃっていたポイントだと思います。単に契約制度に代わり、デマンドに振り回され、何が本質的なニーズかの見極めや本人との相談援助が抜け落ちた”介護サービス”では真の介護福祉は成立しません。確かに、人体の生命を中心に見たら早急な治療や適切な環境の提供が急務と言う場合もあります。しかし、本人の意志を無視し、強制力を発揮して命を救ったとしてもそれは福祉的には”幸福”ではないのです。」

「きっと、「そんな悠長に本人の信頼関係を得て、選択を待っている間に死んじゃったらどうするんだ!?」と言われるかもしれないです。しかし、そこになお本人の自己選択を待つということに私達福祉職が本人の人権を行使するための人権職としての本質、アイデンティティがあります。」

「私達福祉職は、サービス業の従事者ではありません。憲法に定められている基本的人権、生存権等を行使するための権利を具現化するための手段であるのです。」

「人が幸福であるという条件は様々であり、人それぞれであるかもしれませんが、福祉は日本国憲法や世界人権宣言で掲げられている基本的人権が護られること、人としての幸福を追求しようとする自由、つながり、そして命があってこそ人は幸福である、と私は言えると思っています。」

長いですが、こんな回答になるかな・・・


私が関わっている方でもご本人やご家族が口ではやんわりと、意志ではしっかりと、私たちの介入を拒否されている方がいます。
確かに目の前では衰弱が見られ、医療の介入も必要なのですが、私たちがご本人たちを受け止め、ご本人たちが私たちを受け入れていただけなければ、きっと関係は継続しません。
一時的に治療を推し進めて回復をしたとしても、契約と言う関係を切られる可能性もあります。
福祉的支援ってよく考えると矛盾だらけです。難しいです。もちろん失敗もありますし、それでへこむこともたくさん。。。


口で言うこと、書くことは簡単ですが、本当に大丈夫かなという正直な内心を自覚しながら、福祉職の介護福祉士として仕事を前に進めていきたいと考えております。

先日の研修での学びと、現在の現場のエピソードが重なり合いながら、今日も利用者さんと向き合わせていただいています。
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