介護職の魅力の発信はやめたほうがいい

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介護職の魅力の発信はやめたほうがいい

2016年3月4日


介護業界は慢性的な人材不足。事業所も施設も募集掛けても閑古鳥。養成校も定員割れ。超高齢社会に介護難民の要介護者。介護殺人、介護虐待、介護離職、社会問題の雨あられ。これらの根本原因の一つが介護職の不足にあるというわけです。
だからこそ、いかに介護職になりたいという人を増やすか。その命題に対する主要なテーマが「介護職の仕事の魅力を発信する」というものです。

ここまで、確かに理解は出来るのです。実際問題必要なテーマだと思います。

しかし、やっぱりどう考えても違うと私は思うのです。



まず、“魅力”とはなんなのか?そして“誰の”魅力なのか?というところがズレている気がするのです。
今、世で発信されている魅力というものは、発信している介護職自身が感じている魅力ではないでしょうか。利用者さんからのありがとうでも、人と触れ合う仕事でも、表現は何でもよいのですが、その介護職が感じている主観を一生懸命発信しているわけです。

しかし、介護人材を確保するという目的であるならばそれは少し違うと思います。魅力というものはそもそも発信する側の主観として発信されるべきものではなく、介護職が行った介護という仕事のプロセスや結果を受け取った側(利用者)、もしくはその周りにいた者(家族や関係者)が主観として感じるべきものではないでしょうか。

他職種で例えると、看護師が「自分の仕事はこんなに素敵なんだよ」と魅力を発信して、私たちがそれを魅力として感じるのではないですよね。あくまでも、看護師が行った専門職としての看護行為のプロセス(療養上の世話、日頃のコミュニケーション等)や結果(病が完治した、退院できた、苦痛が取り除けた)を享受する中で、患者やその家族や関係者が「看護師さんってすごいなぁ、=看護師さんの仕事って素敵だなぁ」という“魅力を感じる”ものだと思うのです。

つまり、「魅力というのは発信されるべきものではなく」、専門的仕事の益を受け取る側の人が、「魅力として感じるもの」だと思うのです。

だからこそ、それは介護職、ましてや介護経営者や学者が壇上でスピーチしたり、事例発表をしたものから感じられるレベルであるはずはなく、実際に介護職が提供する介護行為を益として享受した時にこそ受け取った側が感じるものであると思うのです。
そう考えると、一般市民や次の世代に介護の魅力を発信する可能性を持っているのは、在宅に入り込んで介護をしている中高年女性が中心の訪問介護員(ヘルパー)さんになると思います。ヘルパーさんの仕事ぶりをみて、祖父母を介護してもらっている姿から、その子世代、孫世代が、介護の仕事ってこんなにすごいんだなぁって思うはず。魅力を発信したいならば、草の根で毎日全国で活躍しているヘルパーさん達にこそ担ってもらうことが効果的だと思うのですが・・・


魅力の発信というのは一見方法論としては正しいようですが実は違います。
本当に必要な発信とは、介護という仕事が人や社会に“貢献している価値”についてだと思うのです。
繰り返します、介護職側から発信するべきこと、それは介護の仕事の魅力ではなく『介護職の仕事が社会にいかに貢献し、社会的価値を生み出しているか』ということです。それこそ発信するべきなのです。

奥田いさよ『社会福祉専門職制の研究』川島書店によると、専門性、専門職等に必要な概念や条件についての先行研究では、フレックスナー(1915)が『利他主義的』、リーバーマン(1956)『実践者の経済的利益よりも役務の強調』、ミラーソン(1964)が『サービスが公衆のためであること』、バーバー (1965)が『公益を志向すること』として、専門職に必要なことを『公共への貢献=公益性』として挙げています。


さて、こうした私たちの仕事がいかに社会的に公共の益になっているか、価値があるかを発信していくことは今でも少なからず介護業界で行なわれています。
エピソード的であったり、情緒的であったり、時に芸術(映画や本など)として発信されることもあります。他にも事例発表であったり、質的研究、量的研究としても発信されています。
しかし、介護業界には、こうした公益性を担保した実践事例の発信において圧倒的に足りないのが“検証”です。
これは15年前も10年前も5年前も今も変わりませんが、素晴らしい取り組みと称されている介護現場の実践事例について、無検証、無批判なままの評価がされているということです。
単純にユニットケアであることが評価された時代もありました。施設の玄関のかぎが開けられていることが評価された時代もありました。カリスマ介護職がやってきた実践に陶酔した時代もありました。新しい認知症コミュニケーション手法が海外から紹介された時にありがたがった時代もありました。マネジメントが優れていることが成功していると評価されている時代もありました。介護業界で成功しているという介護職でない人が評価されている時代がありました。


私達は、本当にその介護という仕事が生み出した価値が、公益に寄与しているのかどうか、検証をしないのです。しなさすぎなのです。よくわからないけど、すごい!!!って評価するのです。ひどいのは、みんながすごいって言っているからすごいと思ってしまう事。

何がどうして、どのようにすごいのか?なぜそれは可能なのか?その実践は全体の何%の事例であり、そこに費やす人的コスト、必要な環境要因は何なのか?再現性はあるのか?地域性、予算、人口構造・・・そうした中でどこまでなら継続的に可能なのか?
変な話、もはや介護人材を頑張って増やそうとしても間に合わない段階に来ているのではないでしょうか。量ではなく質の時代。質は介護の専門性としての深さももちろんですが、システムとしての効率性も室になってくると思います。
人口構造、労働者人口の減少など考えたら、議論はいかに限られた介護専門職というマンパワーを活用しながら、効率的にかつ質を担保しながらこの大介護時代を乗り切るかという話になってきています。
そこには一人の介護専門職と数名の介護初任者と地域住民という単位でいかに多くの利用者の生活を質を下げずにできるか、という話になってきます。まさに実践されている方々もいると思います。

ミクロからマクロまで、その実践事例が価値あるものなのか公益に寄与しているかの検証が必要なのです。これは中傷ではなくて批判という大切なプロセスです。専門職の仕事が社会に生み出す価値をしっかりと精査するための“検証”であり、それが繰り返されるから、専門職の仕事が生み出すものは社会から価値を認められるのです。そうではありませんか???

これをしないから、介護職はいつまでたっても誰でもできる仕事、だけど自分には出来ないから偉いね、っていう仕事を脱せないのです。他の専門職からすると遅れているのです。
挙句、痛ましい事件や事故が起こると、介護職は大変な労働環境なのに一生懸命やっていて偉いね、と社会側がかばってくれているという事態。

おかしいとおもいませんか???


私達が就いている介護という仕事は一体なんなのでしょうか。究極のサービス業?最高のおもてなし?対人援助専門職?色々な表現はありますが、非常に主観的です。

私は介護の仕事の根拠を辿っていくと日本国憲法に至ると考えています。
特に憲法第11条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」
第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。

『基本的人権、個人の尊厳、自由権、幸福追求権、生存権』などです。

そして第25条2項については「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とあります。

つまり、私たち介護の仕事というのは、国民がその権利を行使するためのシステム(社会福祉、社会保障など)の一部、つまり手段であるということです。
こうした使命を負っている私たちの仕事は専門性を担保した仕事であるはずなのです。

私達が自分たちの専門職としての仕事の意味を理解し、社会に貢献できる価値を生み出す仕事を行い、それを発信し、それを批判を恐れず、多角的な面から“検証”する。
それを繰り返す中で、私たちの仕事が本当に社会的価値を生み出す仕事として様々な貢献実績を積んでいくことでしょう。
私達が発信すべきは私達が生み出す仕事が社会に対して貢献する価値です!

そして、その発信された価値を享受した人たちが初めて「介護職ってすごいなぁ。地味だけど、そんなこと関係ないくらいすごい!!自分もあぁいう仕事がしてみたい!」と“魅力を主体的に感じてくれる”のではないでしょうか。
そして、もし仮に魅力を発信することが必要だとするならば、それは私たち介護職ではなく、そうした魅力を感じた、国民の側から起きるべきではないでしょうか。


私が介護業界に進もうと考えていた高校時代は、ITか高齢者系に行けばくいっぱぐれが無い、高齢化はどんどん進む日本だから、これからは高齢者系に進めば安泰だよ。という時代でした。
テレビでは介護保険制度が始まり、介護事業所がオープンしたというニュースが飛び交い、くす玉が割られ、テープカットが行われ、華やかにヘルパーさんたちが地域に出発していきました。そんな夢にあふれる介護の絵をテレビで見た世代です。ひねくれて言えば騙された世代です。

しかし、介護は3Kだといわれるこの時代は介護職の魅力の発信が主要なテーマ。そこで打ち出されているのは利用者からの感謝であったり、人と触れ合う喜びであったりです。中には介護を経験してそこから違うビジネスに行けるよ、という魅力だったり。介護職が定着せん魅力発信やんけ〜

こうした言葉に対してずっと違和感がありました。

一つは、「介護は素晴らしい仕事だ」と感じているその感覚の原体験が、上記で上げたような良い介護実践プロセスや結果を享受した側として受け取った物なのか!?いや違うのではないか。という想いです。
推測の域を出ませんが介護を素晴らしい仕事だと思ったきっかけは、すごい介護職の素晴らしい仕事を目の当たりにして「自分もこうなりたい!」と思ったのではなく、介護を何らかの形で体験したことによる「楽しい」という感覚ではないか?と思うのです。
いや、もちろん介護を楽しいと思うことは悪くはありません。大切な事です。そのまま持っていて大切な初診です。しかし、それはその人の主観です。
主観で感じた体験、それをもとに介護のイメージを変えよう!というキャンペーンかすることに無理があるんじゃないか?と思うのです。

この考え方を極端にすると「介護ってとっても楽しい!それなのに業界のイメージが悪い。だからこの楽しいということをもっと伝えたい!介護が楽しいんだよって魅力を発信したい!」とならないか!?と思うのです。
楽しいという主観を魅力ややりがいなどに転化していくことは危険ではないでしょうか。繰り返しますが、介護体験による楽しさや魅力を個人が感じることは大賛成です。そこ自体をキャンペーン化することが違和感なのです。

楽しさを感じる事、それを発信することは個人の自由ですし、周りの人に自分が楽しく仕事をしていると伝えることは私たち自身に対しても周りの人に対しても大切なことだと思います。
しかし、個人の自由とイメージアップキャンペーンがセットになりすぎていることに違和感を覚えます。

私10年介護の仕事をしていますが、介護の仕事ってきつい時ありますよね。辛い時ありますよね。汚い時ありますよね。楽しいばかりじゃないですよね。
現場をやっていればみんな知っている事。
でも、世にあふれている介護の仕事って、“3K”か“楽しい”の両極端だし、そもそも、権利を行使したい国民にとってはどうでもいいこと。

だから、楽しさをキャンペーンとして伝えるのはしなくてもいいと思うのです。
繰り返しますが、伝えたいならば、介護という仕事が生み出す社会的価値について伝えるべきです。それが本当に価値と言えるのか黙々と“検証”すべきです。


享楽的になってはいけない。ストイックさがもう少し必要。



色々と思うことをつらつら書いてみました。もちろん、実際問題のところもわかっているつもりです。人はいないし、要介護者は増えるし、もっと人が入ってくるような魅力をアピールをしようよ!というのもわからなくないのですよ。実際問題大変な事だと痛感しています。

でも、やっぱり違うと思う。


だから、ここに書くことで、自分の30代のやるべきことが一つみえたってことですね。
宣言は検証するためにするものだということですね。



まとめ
@介護職の魅力を発信することって違いませんか?
A魅力ってそもそもやる側が発信するものではないでしょ。
Bちゃんと仕事をする中で、その仕事の益を享受する人が魅力として感じるものじゃない?
C介護職の成すべき仕事をまずしっかりやろう。
Dそもそも専門職とは、社会に貢献すること、公益性、価値を生み出すことが専門職たる条件らしいよ。
Eだから発信するならば魅力ではなくて、自分たちの仕事が社会に貢献する価値について。
Fでも、その価値について発信されるものを手放しに陶酔しないで、ちゃんと検証すべき。
G互いの実践を批判し、検証し、洗練してこそ初めて発信に値する価値になる。
Hそもそもね、私たちの介護という仕事は、国民の権利行使のシステムなんですよ。
Iだから、楽しいのはいいんだけど、やっぱりまず第一は社会に価値を還元できているのかどうか、それはどのくらいの価値があるのか。を発信することからすべては始まるのさ。
Jとはいうものの、難しいことも眼前に広がる課題もわかっています。
Kだから、頑張らなきゃね!とりあえず魅力発信ブームは中身を再考して行うべきではないかな。

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この記事へのコメント
共感大ですな〜!
Posted by ほんま〜@ソーシャル研 at 2016年03月04日 21:10
検証、について方法論のご意見を頂けたら嬉しいです。
Posted by kinsan at 2016年03月06日 09:54
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