認知症の人と死期と大切な人

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認知症の人と死期と大切な人

2016年12月19日

今日のSさんはいつも以上に興奮されていました。
「なんでだー」「ばかやろー」「うるせー」「いやだー」

Sさん80代女性、アルツハイマー型認知症、一人暮らしで近くに頼れるご親戚はいらっしゃいません。
ここ2年の冬、毎年Sさんは死に直面されました。
甲状腺が肥大し、気道を狭め、痰が絡んで窒息しかけたり、骨折したり、敗血症になったり。
生理的機能の衰えや嚥下機能の低下、ADLの低下、、、易怒性は日に日に強くなり、叫び声を上げたり、私たちの関わり方次第では手を挙げられることもしばしば出てきました。


Sさんの介護において“痰”は重点項目の1つです。その痰が昨日から酷く絡むことが増え、呼吸をするたびにガラガラと響くほどでした。
医療連携で、吸引や痰切り薬などの対応により多少の改善はしていますがやはり興奮されています。

「苦しい!二階に上がらなきゃ!二階に行くんだー!」

興奮して叫び続け、よたよたしながら伝い歩きを繰り返し、座ってはまた立ち上がるを繰り返していらっしゃいました。


興奮して手を挙げるSさんに向き合って話を伺いました。

Sさんは二階へ上がりたいそうです。
あがった先にはとても綺麗な景色が見えるはずなのだそうです。
その景色をお母さんに見せてあげなければいけないそうです。
私はそれを邪魔する人間だから憎いそうです。

「なんで自分の母親の為にやんなきゃなんねぇことを邪魔されなきゃいけねんだー!お前は何様だ!」


Sさんの言い分はもっともでした。


Sさんにとってかけがえのない人に報いようとする想いはとても強いものでした。Sさんにとってそのかけがえのない人はどんな方なのかもう少し伺ってみました。


自分は子供を産めず、孝行も出来ず、両親を残して東京に住んでいる罰当たりだ。
お父さんとお母さんは私のことをちゃんと育ててくれた。本当に優しかった。だから自分は生きなくてはならないのに、長生き出来そうな気がしない。それは本当に親不孝なことだ。
自分はなんて愚かで親不孝な子供なんだ。今すぐお母さんにあの景色を見せなきゃ申し訳が立たない。
自分は長生きしなくちゃいけない。それがせめてもの両親への罪滅ぼしだ。だからお父さんとお母さんに会いに二階へ行かせてくれ。

Sさんにとって自分を愛し慈しみ、育ててくれた両親を不幸にしたことは自分の罪であり、長生きすること、景色(なんの景色なのか、、?)を見せることがせめてもの親孝行なのだとのこと。


ふと私は聞いてみました。


「Sさんはもうすぐ自分が死ぬと感じているんですか?」

「そうだよー!私はもうすぐ死ぬんだよ!残されてる時間は少ないんだよ!なんであんたは邪魔するんだよ!」

痰による呼吸苦はご本人に死期を悟らせる恐怖を与えていたのではないかと私は感じました。
私たちの力量と裁量の範囲で出来得る限りの介護をした一日でしたが、私たちのケアだけではご本人の本当の恐怖を拭うことは出来ずにいたのです。そのことを、Sさんに謝りました。

確実に死に向かっているという主観に生きるSさんは何を思ったのか。

人が最期の死期を悟った時に取る行動をSさんは訴えていらっしゃったのだと私は思いました。
つまり、かけがえのない大切な人とつながること。
お子さんがおらず、決して夫婦仲が最良とは言えなかったご主人。一人残されたSさんの中には、心から愛してくれたご両親が浮かんだのかもしれません。


「Sさんのご両親は本当にSさんを愛して育ててくださったのですね」


そう伝えるとSさんは「お母さん、会いたいよー」と目をギュッとつぶり一筋の涙を流しました。握った私の手を強く握り「さみしいよー」とおっしゃいました。

Sさんは恐怖と孤独に耐え、それでも自分の中に残る大切な愛の記憶を手探りしていたのかもしれません。


20秒程の時間がとても長く感じました。


「ごめんなさい。あなたさんの時間をもらっちゃって。本当にごめんなさ」

Sさんは握った手をそっと緩めて私に目を向けてくださいました。


今までの私には言えなかった言葉をSさんに伝えました。


「Sさん、僕も人の親になりました。Sさんのご両親がSさんをこんなに大事に育てて愛してくださったこと、Sさんがこんなにご両親を大切に思っていらっしゃること、教えて下さってありがとうございます。僕はSさんのご両親のように僕の娘を愛して育てられますかね。僕の娘はSさんみたいに僕と妻の愛を受け取ってくれますかね」

「大丈夫だよ。あんたなら大丈夫だよ。ありがとうね」

またSさんとギュッと手を握りお互いに感謝を伝えあいました。


「あぁ、ご飯食べるー」


配膳されてきた夕食を目にしてSさんは普段の表情を見せてくれました。



介護職としては、このSさんの心理状態を引き起こした身体状況への対応や環境整備に頭を巡らしつつ。

人として、今までのパーソナリティには無かった親子の関係性と愛について学ばされ。

Sさんのスピリチュアルペインに触れさせていただいたことへの畏敬の念を感じました。


「自立」とは自己選択と参加、だと私は考えています。平たくいうと、選んで生きられているか、大切な誰かとつながれているか、ということ。
Sさんにとっての大切な人は今日はご両親だったようです。その大切なご両親とつながることが出来たでしょうか。。。


たとえ認知症であったとしても、同じ人であることになんら変わりはない。

当たり前に言い古された言葉の意味をまた1つ教えて頂きました。

今、ふと娘と妻と両親と一緒に出かけた思い出が蘇ってきました。自分の大切な人との時間を大切にしたいと、、、

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Category 認知症

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