老いらくの恋と悩みと介入と時々権利擁護

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老いらくの恋と悩みと介入と時々権利擁護

2017年7月28日

もし自分の親が、配偶者(つまり自分の親)以外の異性と楽しそうに交遊しているとしたらあなたはどんな気持ちになるでしょうか。

私の両親はまだ健在ですし、息子の立場から見ても引くくらいラブラブです。ですからそんなことはまず起こりえません。
しかし、父か母、この先どちらかが他界した後、残された方はポツンとなるでしょう。それはいつか行く道、誰もが通る道、といえばそれまでですが、その先の人生にもし“老いらくの恋”があったとしたら、私たちはそれを許容できるでしょうか。

さらに、その相手にいくらか金銭的な援助をしているとしたらそれを止めるでしょうか。親を断罪するでしょうか。恥だと思うでしょうか。

ましてや、親に認知症の症状があったとしたら、その交際をすぐにでも辞めさせるでしょうか。金銭を一切持たせないようにするでしょうか。相手を訴えるでしょうか、または警察沙汰にするでしょうか。

私たちは、親という人間の権利について、一体どれだけの介入する権利があるでしょうか。


逆に、親は子供の気持ちに対してどれだけ配慮すべきでしょうか。
子供達は家族に囲まれて幸せに暮らし、自分は一人ぼっち。そんな親はそれでもなお、孤独と寂しさに一人で立ち向かい、死に向かって無欲に生きることが美徳でしょうか。偶然であった“”老いらくの恋“は周囲を不幸にするいばらの道だから選んではいけないのでしょうか。

私も人の子であり、人の親です。
同時に一人の人間でもあります。
自分は誰のために生きているのでしょう。

今、私は一人の認知症の利用者さんの異性とのお付き合いに向き合い、その家族の苦悩に向き合っています。それが“老いらくの恋”かどうかはわかりません。ただの友達かもしれません。
ただ、金銭的なトラブルの疑いやその他のトラブルも起きています。その人にとって何がQOLなのか人権なのか、答えは出ません。


危害があってはいけない。ましてや認知症の人なんだから・・・
そう考えること自体、私はその人の人格を否定しているのかもしれません。


ただ、私の目に映ったのは、その相手と一緒にとても嬉しそうな時間を過ごし、楽しそうな表情をしている一人の人でした。

もちろん、対人援助専門職なので、必要な連携や相談はしておりますが・・・


若かったら、認知症じゃなかったら・・・
自業自得で周りも済むかもしれません。
その人自身が「幸せな時間だったからいいんだ」と納得するかもしれません。


でも、要介護者で高齢者で認知症だと護られるべき存在で、私たちだったらまぁある話が、あってはならない話になる。

普通の暮らしやその人の当たり前を支える専門職?

誰にとっての普通で当たり前なのかなと思う今日この頃。


何年やっていても、答えは出ない。そんな課題をいつも与えてくれるのは利用者さんです。
僕らは「正解がないのが介護」と綺麗な逃げ言葉を掲げるのではなくて、本人にとっての正解をいつまでも探し続けることに伴走するのが介護だと信じて、今日も現場に出るのです。

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