介護を取り巻く社会変化と養成校の存在価値と私たち

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介護を取り巻く社会変化と養成校の存在価値と私たち

2017年8月12日

私が介護職を始めた頃は「利用者さんのため」と言う言葉は伝家の宝刀でした。大抵の介護職は、この言葉を使えば意思疎通が図れたし、意図することがわかったし、自分たちのアイデンティティを共有することができました。

「それは利用者さんのためになるの?」
「何が一番利用者さんのためになるか考えよう!」

こうした言葉を発すると、道がずれかけても、私たちはある程度自動的に仕事の軌道修正ができていたように思います。
そして、どんな職場にも大抵利用者さんの懐に一瞬で飛び込んでハートを掴むおばちゃんや、大切な利用者さんに不利益なことがあると本気でキレるような熱い若手リーダーがいたものです。

最近そうした意味での利用者さんに対する熱さ、いわゆる“介護バカ”が業界全体で減ったように感じます。


先日うちに新規の利用者さんが登録されました。
家族からネグレクトを受けていたような方で、金銭的困窮があり、この猛暑の中、エアコンもなく、一日寝かされているような方でした。
あるスタッフはこの方が登録されてから「あれどうしよう、これどうしよう、これして差し上げなきゃ、あれを買うのを勧めてみようかな、食事はどうしたら召し上がるかな、何がお好きかな、聞いてみなきゃ、ようやく声を聞かせていただけた、今日笑ってくださった!」とスタッフに会う度に言っていました。
私と会うと、その方についての相談。質問が止まりません。
そのため、他の仕事がちょっと抜けたりするのはご愛嬌。

こうした、一人の利用者さんに向けて強い関心を継続的に向けることができる力、利用者さんを想う力、これこそが介護福祉職としてまず最も身につけるべき大切な要素なのではないかと私は考えています。
また、介護職の適性として最も抜けてはいけないものがこれだと考えています。

そもそもこの仕事が好きかどうか、続けられるかどうか、やりがいにつながるのは、これがあるかないか、だと私は考えています。

一言で言うならば『利用者さんを想う力』です。介護バカの原動力です。

そう、以前は、こうした利用者さんを想う力を持つおばちゃんや若手リーダーが少なからずどの事業所にも最低一人や二人はいたものです。
それが減った・・・


この力をどうしたら無資格未経験のスタッフ、介護とは全く縁がなかった中途採用の方、などに伝え、身につけてもらえるだろうか?
そんなことをずっと考えていました。

そもそも、なぜこうした想いを持った人が減ったのか疑問でした。

「利用者さんのために」はもしかしたら業界では古い考えになり始めてはいないだろうか?そんなことすら考えます。

「利用者さんのために、と言うのはわかるけど、自分も大事」
「自分の生活が成り立たなきゃ、そもそもいい介護なんてできるはずない」
「介護の仕事の素晴らしさを発信」と言って利用者さんではなく介護職に当たっているスポットライト???


「利用者さんのためだから当然でしょ!だって介護福祉職やっているんでしょ!?」
もはやこの言葉では通じない時代、社会になってきている気がしてなりません。



ある尊敬する業界レジェンドが私と同じことを感じられてこんなことをおっしゃったそうです。


「明らかな差別と偏見にさらされている人が減った」と。


私は上述の時代の変化について、この言葉がとても腑に落ちました。


私は介護保険制度開始直後にこの業界に入りました。
先輩や周囲の人は、措置時代を経験している人も多く、措置時代から継続して利用されている方の現場へ入ったことも多かったです。
その当時と今を比べると、肌感覚ですが、世間や社会における福祉、介護へのイメージが明らかに変わったと言うことです。

昔は、福祉はなんだかんだ、貧しくて身寄りがいない可哀想な人が仕方なく利用するもの、と言うイメージが少なくなく、ヘルパーやデイサービスの利用自体に偏見や差別がある人がまだまだいました。ヘルパーって言わないで、送迎車は家の前に停めないで、などは序の口。親類に介護サービスを使っていることを知られたくない、戸籍に傷がつく、などなど。

それに、糞尿だらけのゴミ屋敷、数年入浴していない人なども割といたものです。最近は、そう言うケースは天然記念物というくらい減りました。

ゴミ屋敷や糞尿まみれ、と言うのは今でもいらっしゃると思う方も多いと思いますが、それは、老化や要介護などの状態になったことによって起きている生活支障の結果と言うケースだと思います。
私が以前見たのは、本当に貧困や近隣トラブルなどで縁者もなく、孤立と貧困、不衛生などを長い期間生きてきたような方々です。


介護保険制度は、当初の目的の一つである介護の社会化をなし得たのだろうと私は思います。
介護保険サービスを受けることが一般的になり、医療と同じようなある程度のフリーアクセスができるインフラが整いました。
介護サービスを利用するためのノウハウや情報が巷に溢れ、誰もが利用して当たり前で、恥じるほどのものではない、という認識が広まりました。

つまり、介護福祉は、可哀想な特別な人が利用する特別なもの、から、国民誰もが利用できる当たり前の権利になりつつあるということです。
また、認知症という差別と偏見の対象であったものも広く一般に知られるようになり、国民の知識水準も一側面では一定のレベルになってきているでしょう。

これは良い面でしょう。


ところが、冒頭の「利用者さんを想う力」に焦点を当てると、介護の社会化、インフラの整備は負の側面が出てきているかもしれない、というのがレジェンドと私の考えです。

福祉の原点は、歴史的に見ると“慈善活動”です。その原動力は、“愛”や“”正義感““使命感”です。そして社会的なマイノリティー、弱者を差別と偏見から解放し、権利を勝ち取ってきた闘争の歴史です。

私はとあるシンポジウムで介護とは何かを問われた時
「要介護状態という差別との闘い」と答えました。介護もまた、差別と偏見にある人々の解放がその真実の一つだと私は考えていました。


ところが、要介護状態の方々は従前の酷い差別と偏見を受ける対象ではなく、むしろマジョリティとしての母数になってきたのです。

逆に、介護職はどうでしょうか。ややもすると、要介護者よりも、介護職の方が生活苦を抱えているケースが増えているのではないでしょうか。
介護業界が慢性的なマンパワー不足なこともあり、多様な人材を受け入れようとしている大きなうねりがあります。極端な例では、犯罪者の更生手段、更生先として介護が考えられていたりします。

更に、世代で見ていくと、要介護高齢者の子供世代、つまり介護家族世代は、介護職に近い生活状況、不安を抱えていることが少なくなく、介護職や社会の共感は利用者さん本人よりも、家族に寄りがちな傾向があるような気もします。
ここにもまた、利用者さんのために、という正論が通じない社会構造変化があるように思われます。


つまり、これまで社会的差別と偏見を受けている要介護者を“愛・正義感・使命感”という原動力で解放し、権利を共に勝ち取る闘いをしてきた「利用者さんを想う力」を持っていた介護職が、要介護状態だけれども介護職よりも裕福で生活水準などが高い人を、様々な生活苦を抱える介護職が仕事として割り切って関わるという構図に変化しつつあるのかもしれないということです。


ですから、人が少なからず兼ね備えている、弱きものを助けようとする愛や正義感や使命感で目の前の社会的弱者を支えよう!という「利用者さんのために」という精神論的教育では、「利用者さんを思う力」を養うことは難しい時代なのかもしれない。

自己愛や成熟した生育環境、安定した生活状態でないかもしれない介護職にとっては、利用者さん以上に自分に関心が強くて当然なわけだからです。

少々、極端な箇所を取り上げての持論なので、ツッコミは多いと思いますが、要は、時代は変わってきたということです。



そんな中でも、希望が持てるのは、やはり養成校を卒業している人たちの職業倫理観です。
多様な人材に内外ともに出会う中で、やはり一定の介護福祉教育を経ている人材は、私たちの職種の社会的存在意義や役割を大なり小なり体得してきているように感じます。
知識技術はややもすると巷の民間研修でも素晴らしいものが増えている世の中です。しかし、職業倫理や介護福祉職としての使命について自費で研修をやっているところは少ないです。

専門職を養成する根源的なマインド、職業倫理、「利用者さんのために」を時代が変わっても変わらずに伝え続けるのは介護福祉士養成校の使命であり、存在意義なのだと最近思ってやみません。



私たち福祉職の本質を表した、あまりにも有名な糸賀一雄氏の言葉。
「この子らを世の光に」
障害者や高齢者、認知症の人たちなど、社会的弱者、差別と偏見に生きる彼ら本人たちこそ世の中を照らす光なのだ!ということです。


しかし、最近の介護業界は

「この人らに世の光を当てている私たち介護職に世の光を」

的な風潮があるような危機感を覚えます。
「利用者さんのために」一言でわかりあえる時代ではないことは痛いほどわかっています。もちろん、介護職という一人の労働者、生活者の生活も大切な尊厳です。
しかし、私たちは忘れてはならないのです。介護福祉職としての価値を。

目の前に明らかに差別を受けているとわかる人のために闘うことは簡単です。
しかし、今目の前の人と、自分はそうした関係ではないかもしれない。それでもその人が受けているであろう、差別と偏見と闘い、本人のささやかな幸せな生活を一緒に歩めるようにすることが私たち介護福祉職の存在価値なのです。

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