介護の専門性新提案の「あぁなったらおしまいね」と言う利用者のリンクについて
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「あぁなったらおしまいね」と言う利用者
週末は飲み遊んでましたf^-^;同業種の大学の後輩の話を聞いて、「あぁ、自分の職場は恵まれた介護現場だぁ」と思った今日この頃です。
さて、私はデイサービスに勤めています。人が集まる場所です。色々な方が集まります。要介護も自立から5まで。認知症の方も、車椅子の方も当然いらっしゃいます。
デイサービスに限らず、介護の施設等は様々な状態の利用者がいらっしゃる場所です。
こういう集団の中で、ある利用者が他の利用者を見てこうおっしゃるのです。
「あぁなったらおしまいね」
「あんなんにだけはなりたくないね」
「可哀想だ」
「こわいわぁ」
「あんなふうになるくらいなら私は死にたいわ」
比較的意識レベルが高めの方が、自分より身体的・認知的にレベルの低い利用者を見ておっしゃる言葉です。
こんな言葉を聴いたことはありませんか?
私も日常でよく耳にします。
これらの言葉を利用者から聞いた時、介護者のあなたは一体何と返しますか?
「そうですねぇ・・・」(もしくは相槌)(つまり抽象的に同意)
というニュアンスの返答が多くないですか?
私も多いのです。レベルが低い(この言い方をここではご容赦ください)利用者を客観的に見れるので、否定も肯定もできずにレベルが高い利用者の言葉になんとなく同意してしまうことが・・・・
しかし、これではいけません!!
「あぁなったらおしまいね」という言葉を受けた介護職は、言った利用者と言われた利用者両方を支援しなくてはならないのです。
どのように?何を支援するの?
まず、言われた利用者です。
普通「あぁなったらおしまいね」という言葉は当の本人に聞こえないように発せられるものです。言ってみたら陰口です。で、この陰口の理由は様々です。
認知症状だったり、脳梗塞の片マヒでうまく食事できなかったり・・・
まずは、高いレベルの利用者に、低いレベルの利用者のことを話してみましょう。決して本人が悪いのではない、本人も苦しんでいる、ということを。話す相手にもよりますが、ストレートに言うのではなく、押し付ける説教になるのでもなく、低い方の尊厳を大事にして、高い方に理解を求めるように話してください。
いっぺんに話すのではなく、ゆっくり、日をまたぎながらさりげなく理解をしていってもらうと良いかもしれません。
さて、本記事のキー部分ですが、「あぁなったらおしまいね」の言葉を受けて、介護職であるあなたが最もしなければならないことは、この言葉を発した利用者への支援です。
覚えていただきたいのですが、この言葉はただの陰口ではありません。言葉を発した利用者の『内なる負の叫び』と捉えてください。
つまり、自分が将来“あぁなる”不安や、恐怖、苦しみが隠れているのです。
「あぁなったらおしまいね」≒「自分もそのうちあぁなるのかな」なのです。
人は誰しも安心した、幸せに満ちた人生を歩みたいと思うはずです。しかし、人生の終末期というのは老いや社会的喪失等様々な要因によって、その人がそれまで築き上げてきたものが崩れてしまう時でもあります。
少なからず介護施設に来ている自分は社会的にも要介護という枠にいると思ってしまいます。そんな人が自分よりレベルの低い利用者を見て将来の自分を投影し、自分の中に残っているものまで崩れていくかもしれない恐怖の裏返しが「あぁなったらおしまい」なのです。
この言葉を発する人をどう支援すれば良いでしょうか?
個別のケースによるので、具体的には書けませんが、とにかくまず伝えるのです!!
何を??
「もし、あなたがあぁなっても、私(介護職)とあなたの関係は変わらないし、あなたはここにいて良い人。そしてあなたはあなたのままですよ」ということを伝えるのです。(言い方はこのままではありませんが、このニュアンスを伝えるのです)
つまり、あなた(レベルの高い人)がこの先どうなっても、あなたの存在は変わらない。ここでは・私たちはあなたをたった一人のあなたとして接します、ということが伝われば、その利用者の将来の不安は緩和されるはずです。
利用者が死に向って老いていくことの恐怖を取り除き、前向きな死への前進を支援することこそ介護職の勤めであり、専門性です!
身体状態が悪い利用者に対して「あぁなったらおしまいね」と言った女性利用者が、ある日ポツリと「私、どんなに体が悪くなってもここへくるのが楽しみだわ」とおっしゃったのです。
自分がどうなってもここならば受け入れてくれるし、仲間がいる。この女性利用者にとってデイサービスが将来にわたって、前向きな人生の活力源となっている証拠です。
介護職は「あなたがこの先どうなっても、あなたの存在は変わらない。ここでは・私たちはあなたをたった一人のあなたとして接します」と利用者が思えるようにすることが、最も大切な仕事の一つです。
明日から、その人の存在を支援できるチャンスを「あぁなったらおしまいね」という言葉から探してみてはいかがでしょうか?
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Category 介護の専門性とケア論
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このセリフ、私もよく耳にします。
そして、その度に 何と返せばよいのか いつも迷っていました。
このブログを拝見させていただいて、すごくタメになり、納得できました。
ありがとうございます。
陰口でなく、本人に聞こえるように言ってしまうような現場なんですね・・・辛いですね。同意しかできない介護職というのはどうすれば良いか自信を持ってわかっていない方だと思います。そういう方たちと大真面目にこんな時どうするか?という話し合いを重ねることも大事ですね。
言葉を発する利用者に対して、理解を求めることは非常に難しいです。正論を言ってもまた言葉を発するでしょう。正論と注意というのは人の心を開くのではなく、逆に閉ざしてしまうのではないかと思います。
だからこそ、私は「あなたがあぁなっても大丈夫」ということを伝えることが遠回りなようで地道な近道かと考えています。
いつもコメントありがとうございます♪
青りんごさんコメントありがとうございます!
記事がお役に立てて何よりです。でもわかっていても実践するのは難しいですよ。私も日々失敗と小さな成功の繰り返しですf^-^;
一緒に頑張っていきましょう♪