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<title>介護の専門性新提案</title>
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<description>今の『介護』は間違っている！排泄・入浴・食介ができる＝介護士では無い！！今の介護じゃ社会的地位は低いままだ！！介護とは人間の生を完結させるために生活支援や社会支援を総合的に行う専門職だ！！という介護の新提案の下、業界の話しやケア方法失敗談等をご紹介します！！</description>
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<title>民間介護企業と介護のやりがい・魅力</title>
<description>2009年11月14日先日、他事業所で某大手介護企業の現場管理者の方と飲みました。その会話の中で懐かしい表現があったので、そこから感じたことを書いてみます。「うちのエリア統括の○○部長が今度関西に異動になるんよ。だから、エリアの各事業所に『おれの異動の餞別として来月までに新規１０人ずつ獲得だぞ！』って言ってたらしいよ。達成できなかった最低結果の管理者を一緒に関西につれていくってさ。冗談だろうけど、どの事業所長も結構マジになってたよ（笑）」本当に懐かしい表現でした。私が以前の介...</description>
<dc:subject>民間介護企業</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-14T08:26:19+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年11月14日<br /><br /><br />先日、他事業所で某大手介護企業の現場管理者の方と飲みました。<br />その会話の中で懐かしい表現があったので、そこから感じたことを書いてみます。<br /><br /><br />「うちのエリア統括の○○部長が今度関西に異動になるんよ。だから、エリアの各事業所に『おれの異動の餞別として来月までに新規１０人ずつ獲得だぞ！』って言ってたらしいよ。達成できなかった最低結果の管理者を一緒に関西につれていくってさ。冗談だろうけど、どの事業所長も結構マジになってたよ（笑）」<br /><br /><br />本当に懐かしい表現でした。<br />私が以前の介護企業を退職する際も上役たちに「kinsanが辞めるまでに、営業所売上を200に上げ切ってから辞めてね（笑）新規は入れ替わりあるんだから３～４人はコンスタントにね」と言われたのを覚えています。<br />企業系の事業所にいると当たり前に飛び交う表現で、あまり違和感も無く使われていました。<br /><br /><br /><br />鬼の部長という人がいましたが、その部長が絶対に逆らえない現場の人がいました。<br />予算達成が毎月200％近いケアマネさんです。まだ上限が無いころでした。<br /><br />部長「いやぁ～○○ケアマネさんには本当にエリアの一翼を担ってもらってますよ」<br /><br />ケアマネ「だったらさぁ、もっと現場スタッフに還元するように会社変えてよ」<br /><br />部長「それがねぇ、なかなか・・・」<br /><br />ケアマネ「だったらあたしが社長に直談判するよ。社長だってあたしの成績には文句言えないでしょ（笑）」<br /><br /><br />数字で表現されるから、それを達成することが自他共に認める評価基準だったのです。個人的には数値管理や目標設定は必要不可欠なことだと思っています。事業が継続してこそ利用者さんにサービスが提供できる、という民間企業時代の言い分は今も私の強い考えの一つです。<br /><br />ただ、それだけではない！<span class="b">数字の先に何を目指しているかを共有しておかなければ、数字達成することが目的になってしまう</span>のです！<br /><br />どこかで聞いた表現ですね。利用者さんの生活ではなく、サービス提供すること自体が目的になってしまっているみたいな。<br /><br /><br />民間企業や数字主義の法人に少なからず違和感を持ちながらも、日々に追われ、長いものに巻かれて働いている方が実は多いと思います。特に若手は多いでしょう。<br />今の介護企業に新卒で入社するような人は、多くが大学で福祉科や介護学科のようなところで教育を受けてきた人が多いと思います。一般的な学科の方々はあまり介護企業に入社しませんからね。<br />ですから学校で学んだ想いと企業の特徴にミスマッチが起こるのかと思います。<br /><br /><br />そんな理想的な介護、福祉の現場を知らずに、理想なんて所詮教科書的な机上の空論だと諦めている方も多いかも知れません。そして他業界に転職される方も多いかも知れません。<br /><br /><br />しかし、そんな介護現場もあるんです。アンテナを張っていたら見つけられるのです。私が出会えたように。<br /><br /><br /><br />私の介護のやりがいや魅力は数字ではないですね。お客様の笑顔でも、感謝の言葉でも、自己成長でもありません。<br /><br />今の私はそれを違う言葉で表現できます。<br /><br /><br /><br />私の介護のやりがいは<span class="y">『専門職としてその人の人生をより豊かにすることに意図を持ってアプローチできること、そしてその結果が返ってくること』</span>です。<br /><br />つまり自分は専門職、スペシャリストなのです。そして自分の持てる知識、技術、技能、自分自身、チームワークを全て動員してその人の人生をより良いものにしようとアプローチできる職業人としてのアイデンティティです。<br /><br />私の介護の魅力は<span class="y">『自分自身の存在自体が、利用者さんに働きかけることによって肯定されること』</span>です。<br /><br />つまり、自分がその人にアプローチすること、その人がその人らしくなる過程でその人の中に自分がこう位置付けられるのです。「あなたがいるから私はより良く生きられるんだ」と。人を支えていることで自分の存在が相手によって支えられている。自分に存在する価値がある！とその人の人生によって肯定されるのです。<br />これが人に関わる対人援助職としての、いえ、一人の人間として感じる介護の魅力です。<br /><br /><br /><br />介護に携わる方は実に多様です。年齢も性別も男女いますし、勤務形態も非常勤、派遣、パート、時間枠、正社員等。<br /><br />ですから、みんなそれぞれ介護という職に求める魅力ややりがいが違うものです。それが、数字という目標一つに集約されると特に現場ではズレが出てくるのです。私は現在の職場にきて本当に自分のやりたかった介護を目指すことで、やりがいと魅力が明確になりました。みんな違うのです。<br /><br /><span class="b">管理職の方々は特に、その現場のスタッフの家庭環境や職への姿勢を勘案した上で、その人が介護のやりがいと魅力を感じ、彼らを守るような現場作りをしなくてはなりません。</span><br /><br /><br /><br />私は以前の職場で管理職をしていたころに、上司に怒られたことがあります。それはスタッフが辞めることを肯定したからです。本当に優秀なスタッフでした。<br /><br /><br />私「○○さんは本当に介護が好きなんですね。学ぶ意欲も利用者さんへの想いもとても強いですね。今の私があなたに教えられることには限りがあってごめんなさい」<br /><br />スタッフ「所長とこの事業所は大好きでとても働きやすいです。でも他の施設とか、違う現場も色々と経験してみたいんです」<br /><br />私「○○さんはここにとって必要な人材です。でも更に学びを深めていただいて、本当に利用者さんのための介護を実践して下さるベテランさんになるにはここでの学びでは足りないでしょうし、もっと活躍する場があるはずです」<br /><br />スタッフ「転職しようかなぁとも思ってます」<br /><br />私「事業所にとっては残念ですが、業界にとってはプラスかもしれませんね」<br /><br />スタッフ「私が辞めちゃっても大丈夫なんですか？ってか大丈夫じゃないですよね？」<br /><br />私「もちろん辞められたら困りますけど、僕は○○さんの人生を応援したいです。その中で一時期一緒に協力して良い介護を実践できたことが二人の財産になると思いますよ」<br /><br />スタッフ「介護は楽しいですね♪ここで働くことは楽しいです♪」<br /><br /><br /><br />ちょっと綺麗に書きすぎたかもしれませんが、私はスタッフのやりたい介護を応援し続けました。辞めることもＯＫしました。それは、上司にはかなり怒られましたが、私はそれでもスタッフを守りたかったのです。<br />結局、そのスタッフは私が辞めるまでずっと一緒に仕事をしてくれて、私の後に退職されました。<br /><br /><br /><br />今日の記事はあっちこっちいってしまってごめんなさい。ちょっとまとめますね。<br /><br /><br /><span class="y">『介護のやりがいや魅力は人それぞれで、皆それを目指し、手に入れる自由があるはず。社風や法人体系もありますが、せめて現場のスタッフを守る立場の人は、スタッフそれぞれの想いを実現させてあげる現場作りをしなくてはなりません。その中で、介護に携わる人々が自分の中にある介護のやりがいと魅力を見出していくことができると思います』</span><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>介護ロボットも仕方ないでしょ</title>
<description>2009年11月10日たまには現場以外のお話を。。。今日は介護業界のテクノロジー化について記事を書いてみます。介護をロボットにさせる、ロボットスーツを着て介助をする。。。認知症の人とコミュニケーションを取ってくれる愛らしい子供のロボット。。。現場の人間からすると冗談ともとれる話しがもはや笑えなくなってきているでしょう。たまにメディアで派手に取り上げられるこうした話題。「介護をわかってない！」と憤慨される人もいますね。しかし、一向にそのテクノロジーの進化は止まりませんね。むしろ...</description>
<dc:subject>介護業界を分析</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-10T07:18:09+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年11月10日<br /><br /><br />たまには現場以外のお話を。。。<br />今日は介護業界のテクノロジー化について記事を書いてみます。<br /><br /><br />介護をロボットにさせる、ロボットスーツを着て介助をする。。。<br />認知症の人とコミュニケーションを取ってくれる愛らしい子供のロボット。。。<br />現場の人間からすると冗談ともとれる話しがもはや笑えなくなってきているでしょう。<br /><br />たまにメディアで派手に取り上げられるこうした話題。<br /><br />「介護をわかってない！」<br /><br />と憤慨される人もいますね。しかし、一向にそのテクノロジーの進化は止まりませんね。むしろ、「へぇ～、ここまでできるようになったんだぁ」とたまに感心します。<br /><br /><br />ロボットのように介護に関する直接的なテクノロジーだけではなく、もう少しソフトな面でのテクノロジー化も進んでいます。<br /><br /><br />例えば記録、健康管理。<br /><br /><br />介護業界の繁雑な業務として記録があります。監査対策としてその業務に追われている事業所も多いのでは？監査は介護そのものではなく、その記録だけで判断しますね。仕方ないですが。単純に監査前に一夜漬けで整えたような記録も。。。<br /><br />しかし、この記録のシステム化によって業務をしっかりするだけでなく、利用者さんの状態把握を的確に行うことによって、介護の専門性を担保しようとされている人たちもいます。<br /><br /><br />例えば、施設において、一介護職がニンテンドーＤＳのケア記録ソフトによって記録、情報共有したり。<br />携帯電話で利用者さんの状態を逐一記録し、サーバーに送信、データベース化して関係機関の主治医等とリアルタイムで情報共有したり。<br />施設内で利用者にバーコードタグを付けて、バイタルその他、24時間健康管理できる等です。<br /><br /><br />いかがでしょう？<br /><br /><br />「効率性重視すぎて人間味がない！」<br />「人を管理的に扱っている。介護ではない！」<br />「必要ない！！」<br /><br /><br />と、一蹴される方々も多そうですね。<br /><br />まぁ、私も素直に全てを受け入れられるものばかりではありませんが……<br /><br /><br /><br />しかし、このようなテクノロジーが、介護業界に導入されようとしている、もしくは既に導入されてるのです。<br /><br /><br /><br />何故こんなに現場の感覚と乖離したテクノロジー化が進んでいるのでしょうか？<br /><br /><br />私は単に産業界のマーケティング力不足が原因ではないと思います。<br />むしろ、産業界は介護業界に記録の繁雑さ、人手不足、介護職の身体的負担、状態把握と共有の未成熟、専門性の未確立等私たち介護職から発信されるニーズに対して、なんとかしたい！という供給の念から尽力しているのではないでしょうか？<br /><br />つまり、<span class="y">一見私たちがあり得ないと思うような介護業界のテクノロジー化は私達介護業界自身が潜在的に求めているニーズに対すると世間の結果だと思うのです。</span><br /><br /><br /><br />産業界からすると、３Ｋで困っている介護職の人たちがいる。自分たちに何かできることはないか？そうだ、介護のテクノロジー化を進めて、少しでも彼らの助けになろう！・・・そう思うのではないでしょうか？<br /><br />介護職は３Ｋと言われ、低待遇、重労働等と敬遠され、かわいそうな人達、滅私奉公で「偉い人達」と思われています。<br /><br /><span class="b">私たちはいつの間にかそういう世間の「介護は大変なのに偉いね！」というイメージを拠り所にしてしまっているのではないでしょうか？</span><br /><br />大変な業界で、大変な状況の中、頑張ってるんです！人手がいなくてやりたい介護ができないんです！記録作業に追われて本来の業務ができないんです！関係機関となかなか連携がとれないから単独で進めちゃってます！<br /><br /><br /><br /><span class="b">大変だと思われているから、大変だと言っていいんだ！</span><br /><br /><br /><br />思ってはいなくても介護業界は自他共に大変だというイメージが蔓延しています。<br /><br /><br />これが何を引き起こすかと言うと、<span class="b">大変な業界というコンフォートゾーン（人が落ち着いていられる位置、無意識の安定状態）から抜け出さなくなることです。<br /><br />つまり、大変な状態のまま大変でいることを自分たち介護の宿命だと決めて安定することで、それを打ち破ったり改善していこうとする内発的な力が湧いてこないのです。</span><br /><br /><br />まるで、大病を患い、もう何もできないから放っておいて欲しい！でも大変な自分は分かってほしいから人に八つ当たりしたり愚痴を繰り返してしまうというような利用者さんの心理状態みたいですね。<br />だから、介護職（産業界）が、あなた（介護業界は）大変そうだから介助しましょう（ロボットを作りましょう）。変わりに買い物行きますよ（効率的な記録システムを作りましょう）。。。と。<br />主体性を引き出すことが無く、目に見える大変さに対して手を出して助けるというアプローチですね。<br /><br /><br />何度も言いますが、<span class="b">大変な自分、かわいそうな自分（介護業界）でいることで安定していられるようになってしまうのではないかと思うのです。悲劇のヒロインです。</span><br /><br /><br />産業界のアプローチは決して間違っていないと思います。間違っているとしたら、<span class="y">私たち介護業界から、本当に私たちが理想とする介護を提示できないこと。それを実現する補助的役割としてどんなテクノロジー化が必要かを明確に希望できていないことです。</span><br /><br /><br />目指すべき理想の介護を補助するテクノロジーを私たちは求めていない、と世間からは思われています。<br />私たちが求めていると思われているのは、日々繰り返される問題、課題をどうにかしたいという目先の問題解決のためのテクノロジーです。<br /><br />私たちは後者を求めていると思われていると思いますよ。だから、産業界は素直にそれに応えるテクノロジーを開発しているのです。だから、介護業界は「え！？」と思うのです。自分たちが見えていない。どう見られているか見えていない。。。<br /><br /><br />あらゆる業界においてテクノロジー化は必要です。それを拒み続けるような保守的な状態では良いものは生まれません。しかし、何故テクノロジー化が必要なのか、テクノロジー化を図って私たちが目指すものは何なのかが無ければ、テクノロジーは単なるゴシップで終わるでしょう。<br /><br /><br /><br />携帯電話による記録というテクノロジー化を進めている方が私にこうおっしゃっていました。<br /><br /><br />「私たちの進めているシステムは既に実用化できるまでになっているんです。しかし、実際の現場に持ち込むまでには最後の壁がどうしても乗り越えられないんです。何故だと思いますか？」<br /><br />私『そのシステムの本当の意味が現場に伝わらないのではないですか？』<br /><br />「そうなんです！その効率的記録システムによって記録の煩雑さや曖昧さが解消され、他機関との連携も強化されます。しかし、それを使う現場のケアワーカーさんたちが何故その記録をするかが分からないんです。結局、今度は携帯に記録することが仕事だと思ってしまうようになるんです。違いますよね！・・・ハァ、ここが最後の難関ですよ（苦笑）」<br /><br /><br />産業界の方にこんな風に言われる介護業界って恥ずかしくないでしょうか・・・<br /><br /><br />今のままの私たちなら、介護ロボットを導入するといわれても仕方ないですよね。<br />ロボットでもできるレベルの仕事しかしていないと思われてしまいます。<br />人間である私たちが、考え、主体となって、テクノロジーを駆使して理想を目指さなければ。。。<br /><br /><br /><span class="b">テクノロジーは使えるものならドンドン導入しましょうよ！！<br /><br />でも、そのテクノロジーを使う私たち介護職がその意義を見出さなければ全く意味をなしません。テクノロジーは記録を楽にする等の目先の課題解決が目的ではなく、介護を受ける人のより良い人生を支えるという目的を達成するための手段なのです！！</span><a name="more"></a>

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<title>新人さんの見守り方</title>
<description>2009年11月7日職場の新人研修担当をしています。私は答えを教えることが好き（持論を展開してしまうのです）なので考えさせることが下手かもしれません。後進の育成も日々勉強です。しかし、最近入った新人さんはしっかりとした自分の考えや意志を持っているので私の方が感心させられることばかりです。新人Ｔさん。何よりも利用者さんのことを想ってる方でその情熱的姿勢はすごいものです。技術も知識も私よりすごく申し分ないです。人生経験も豊富でマナーや言葉遣いも素晴らしく、相手の立場で考えられる方...</description>
<dc:subject>良い介護現場づくり</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-07T04:47:34+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年11月7日<br /><br /><br />職場の新人研修担当をしています。私は答えを教えることが好き（持論を展開してしまうのです）なので考えさせることが下手かもしれません。後進の育成も日々勉強です。<br /><br /><br />しかし、最近入った新人さんはしっかりとした自分の考えや意志を持っているので私の方が感心させられることばかりです。<br /><br /><br />新人Ｔさん。何よりも利用者さんのことを想ってる方でその情熱的姿勢はすごいものです。<br /><br />技術も知識も私よりすごく申し分ないです。人生経験も豊富でマナーや言葉遣いも素晴らしく、相手の立場で考えられる方だと思います。<br /><br />私の以前の職場であれば間違いなくエース的主力スタッフです。<br /><br /><br /><br />しかし、少しその気持ちが強すぎるのが気になります。<br /><br /><br />「この人を助けたい！」<br />「この人の役に立ちたい！」<br /><br /><br />素晴らしい姿勢ですが、その気持ちが全面に出ているので空回りしています。<br /><br />利用者さんから少しずつ漏れ聞く声があります。<br /><br /><br />「何だか距離を感じる」<br />「上から目線な気がする」<br /><br /><br />ぱっと見た感じが素晴らしい人だけに利用者さんからの声は意外に思われるかもしれません。<br /><br />その声に１番驚くのはおそらくＴさん本人でしょう。<br /><br /><br />私たちの事業所で展開している、『相手と共に生きる』という人としての本質的な介護を日々受けている利用者さんにとっては、素晴らしい資質を持つＴさんとの関係が“援助者と要介護者”として写ってしまうのでしょう。<br /><br /><br /><br />なまじ素晴らしい人材だけに、Ｔさんがこの“本質”に気付いてくださるにはどうしたら良いか？どう伝えたら良いか悩みます。<br /><br /><br /><br />そんな私を知ってか知らないでか、利用者のＵさんが私にとても大切なことを教えてくださいました。<br /><br /><br />元小学校教師だったＵさんは80歳の女性です。ちなみにＵさんは曜日の関係でＴさんを知りません。<br /><br /><br />私はＴさんを特定できないようにＵさんに相談してみました。<br /><br /><br /><br />私「最近別の会社で大学時代の後輩にうちのような介護を教えてるんですがなかなか伝わらないんですよね。どうやって教えたら良いんでしょうね」<br /><br />Ｕ『どんなコなの？』<br /><br />私「とても優秀なんです。でも優秀すぎることで利用者さんに本当の意味で寄り添えないんです」<br /><br />Ｕ『kinsanが私にしてくれるみたいにできないの？』<br /><br />私「そ～う、そ～ぅなんです（笑）でも、すごく良い人なんですよ。色々な人に慕われてるし、好かれてるし。。だからね、どうやって伝えたら良いか…」<br /><br /><br />Ｕ『kinsan・・・そういう人を育てるにはあなたがしっかりしなきゃダメよ』<br /><br />私「そう、それは分かってるんですがね。。。どうしたらよいものかと悩んでるんですよね。伝えてはいるんですがいまいちピンとこないみたいなんです。利用者さんたちとの距離も感じてないみたいで」<br /><br /><br /><br /><span class="b">Ｕ『そういう人はね、いつか壁にぶち当たる時がくるから。必ず行き詰って悩んで苦しむ時がくるの。その時にこそ手を差し伸ばせるようにしていなさい。いつでもすぐに手を差し伸ばせるように見守っていることが一番大事なの。ある意味何か教えるよりも本当に大変で、その人を思う気持ちがないとできないことなの』</span><br /><br /><br />私はその言葉に驚きました。普段自分が行っているような“見守る”という言葉を利用者さんから教わったこともそうですが“見守る”ということの本質を教わったことが一番の驚きでした。<br /><br /><br /><br /><span class="y">“見守る”とは、してあげるよりも教えるよりも難しく大変で、しかも見守る側も見守られる側も苦しいものです。<br />そして、何よりその人への誠実な想いがなければできないことです。<br />その人が本当に悩み苦しんだ時のために、常に傍に寄り添い、手を差し伸ばしてあげること。それが“見守る”ということです。</span><br /><br /><br />私はＴさんに対して本当に誠実な想いを持たずに、ややもすると自分の思うような介護職に仕上げようと思っていたのかもしれません。<br /><br />Ｔさんの可能性を信じて見守ること。それは利用者さんや職場の後輩だけでなく、自分が出会う全ての人に対して持つべき姿勢なのかもしれません。<br /><a name="more"></a>

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<dc:date>2009-11-07T04:47:34+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
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<title>ただ寄り添いに行きたかった①</title>
<description>2009年11月5日介護の仕事をしているとボランティアとかを積極的にやっているというイメージを一般の人に持たれているということを最近知りました。でも、私は自発的なボランティアというのはほとんどしたことがありません。幼い頃に母親に老人ホームのおむつたたみや清掃ボランティアに連れて行かれたくらいです。ボランティアは福祉だけではないですが、仕事で介護をやっているのですから、わざわざやりたいとも思いませんでした。他にもやりたいことありますし。。。しかし、先日初めて自発的にボランティア...</description>
<dc:subject>個別介護日記</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-05T09:26:41+09:00</dc:date>
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2009年11月5日<br /><br /><br />介護の仕事をしているとボランティアとかを積極的にやっているというイメージを一般の人に持たれているということを最近知りました。<br /><br />でも、私は自発的なボランティアというのはほとんどしたことがありません。幼い頃に母親に老人ホームのおむつたたみや清掃ボランティアに連れて行かれたくらいです。<br /><br />ボランティアは福祉だけではないですが、仕事で介護をやっているのですから、わざわざやりたいとも思いませんでした。他にもやりたいことありますし。。。<br /><br /><br /><br />しかし、先日初めて自発的にボランティアへ行きました。<br /><br /><br /><br />と言ってもうちのデイを利用されている方のお宅に行くもので、一般的なカテゴリで言うと傾聴ボランティアでしょうか。<br /><br /><br /><br />80代後半のＨさん女性。要支援１で市営住宅に独居です。<br /><br />両親ではなく祖父母に育てられ、自分のことは自分でする！と厳しくしつけられ、自分を律すること、他人に迷惑をかけないことを大切にされて生きてこられました。<br /><br />安易に手を貸そうとすると<br /><br />「自分でやるから余計なことはしないでちょうだい」<br />「お願いすることはお願いします。それ以外は手を出さないでちょうだい」<br /><br />とピシャリ。<br /><br /><br />Ｈさんは御夫婦仲も円満とはいえず、しかし冷え切ったともいえず、淡々と過ごしてきたそうです。ですから、本人曰く<br /><br />「旦那が死んでからが私の青春時代よ」<br /><br />ということです。70代にお友達と世界中を旅行し、やりたいことをやり、食べたい物を食べ、楽しむだけ楽しんだと言います。<br />子供たちに迷惑をかけまいとお墓のを整理し自治体に返還し、自分の遺影写真や葬儀の用意など全て片付けています。<br /><br />そしていつもこうおっしゃっています。<br /><br /><br />「私はやることは全部やったし、この世に何も未練はないの。もういつお迎えが来ても大丈夫なように準備も全部終わったの。だから何かあったらキレイにハイさようならよ♪」<br /><br /><br /><br /><br />そんなＨさん。。。<br /><br /><br />悪性腫瘍が見つかりました。かなり緊急度が高く、手術をされることになりました。<br /><br />「死ぬのは別にいいんだけどね。腫瘍の場所が悪くて、このままだとかなり痛くて苦痛を伴うらしいのよね。痛いのはゴメンだからね。手術は受けるわ。でも他に転移が見つかったらアウトね（笑）」<br /><br />そういって手で首をはねるジェスチャーをされるのでした。<br /><br /><br /><br />Ｈさんのことを知って、私はすぐにＨさんのお宅に行きたい！と思ったのです。<br /><br />何故でしょう？<br /><br />今までもターミナル期の方や人生の最期を迎える方はいらっしゃったのに、わざわざ傾聴ボランティアとして行きたい、通い続けたい！と思ったのです。<br /><br /><br /><br /><span class="y">Ｈさんと最期まで寄り添いたい。Ｈさんの生きることと死ぬことと共にいたい！</span><br /><br /><br /><br />ただ直感的にそう思いました。<br /><br /><br /><br />人がその人らしい自立した日常生活を送るために必要な柱がいくつかあります。<br /><br />今現在私が考えるその柱は<br /><br /><span class="b">『豊かな人間関係（関係性）』<br />『自分らしいＢｅ・Ｄｏ役割（役割）』<br />『楽しみ、期待（将来）』<br />『自己選択自己決定（自律性）』<br />『心身の健康状態』</span><br /><br />の５つです。<br /><br />Ｈさんはその中でも自律性の柱が特に強く、彼女の生きる意味を支えています。<br />自分のことを自分で決め、自分で行い、自分で動かしてきた人生です。最期までその自律性が彼女を支えていることは間違いありません。<br /><br />その柱が『死』というものを目の前にどれだけ揺らぐのだろうか？そんなことを直感的に思ったのです。<br /><br />しかし、Ｈさんは決してその“揺らぎ”を見せようとはしないでしょう。<br /><br />だからこそ、<span class="y">その“揺らぎ”の奥にある本当のＨさんの魂の痛みに触れること、その痛みを一緒に分かち合うことをしたい！</span>と思ったのかもしれません。<br />その痛みがなければ無いに越したことはありません。でも、あるはずだと思ったのです。それはデイで週一回の時間ではダメです。だから傾聴ボランティアなのです。<br /><br /><br /><br />今こうして記事を書いてみると「なるほど、自分はだからＨさんのところへ行きたいと思ったんだなぁ」と整理できました。<br /><br />実際は、直感的に「行きたい！」とだけ思って、アポを取り、1回目の訪問へ行ってきました。<br /><br /><br /><br />まさか、自分が傾聴ボランティアをしたいなんて思い、自発的に行くようになるとは思いませんでした。。。<br /><br />人は人によって変わるものですね。。。<br /><br /><br />今後、不定期ですが、Ｈさんの傾聴ボランティア記事を書いていきたいと思います。<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://kintokaigo.seesaa.net/article/131890416.html">
<link>http://kintokaigo.seesaa.net/article/131890416.html</link>
<title>価値観の尊重方法②～基本スキルと決心～</title>
<description>2009年11月3日前回の記事『価値観の尊重方法①～瞬間的自己覚知～』で相手の価値観を尊重する方法の前提として『瞬間的自己覚知』の必要性を述べました。人が人と向き合った時に生じる自分自身の内側を知ることで、相手を拒否したり反発したり否定する自分を客観的に見つめる必要があるのです。私ももちろんですが、生まれ育った様々な環境で培った自分の価値観によって、物事を判断してしまい、時に人を支援する立場すら忘れてしまうことがあります。この『瞬間的自己覚知』をスタートに支援を展開したいです...</description>
<dc:subject>コミュニケーション</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-03T05:54:25+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年11月3日<br /><br /><br />前回の記事<a href="http://kintokaigo.seesaa.net/article/131381328.html">『価値観の尊重方法①～瞬間的自己覚知～』</a>で相手の価値観を尊重する方法の前提として『瞬間的自己覚知』の必要性を述べました。<br /><br />人が人と向き合った時に生じる自分自身の内側を知ることで、相手を拒否したり反発したり否定する自分を客観的に見つめる必要があるのです。<br /><br /><br />私ももちろんですが、生まれ育った様々な環境で培った自分の価値観によって、物事を判断してしまい、時に人を支援する立場すら忘れてしまうことがあります。この『瞬間的自己覚知』をスタートに支援を展開したいですね。<br /><br /><br /><br />さて、前回の続きで、職員Ｅと交代した私がＫさんと向き合ったところから見ていきたいと思います。<br /><br />両者のやり取りを見ていた私は『瞬間的自己覚知』により職員Ｅと同じように<br /><br />・いつもと同じコースで同じ時間車に乗っているのに・・・<br />・わがままだなぁ<br />・早く始めなきゃいけないのに・・・<br />・自分の中にある思い通りに事を運びたいという価値観<br />・迷惑かけたくないと言いながら迷惑をかけている、という想い<br /><br />等を知りました。<br /><br /><br />自分を客観的に捉えた上で自分の想いや価値観はまず置いておきます。<br /><br />ここからＫさんの価値観を尊重するため６つの基本スキルを展開していきます。<br /><br />ちなみに基本スキルは、傾聴、受容、共感、承認、質問、提案です。<br /><br /><br /><br />私「Ｋさん車に長時間揺られて体調が悪くなってしまったんですか？」<br /><br />Ｋ『そうよ～、全く信じられないわよ。こんなにあちこち連れ回されたら、私……（突っ伏される）』<br /><br />私「自分でも信じられない程連れ回されて苦しくなってしまわれたんですね。<span class="b">（傾聴）</span>申し訳ありませんでした。どんなお気持ちですか？」<br /><br /><br />Ｋ『胸のあたりが詰まるような。。。気持が悪いわ。。。』<br /><br />私「胸のあたりが詰まるように気持ち悪いんですね<span class="b">（傾聴）</span>」<br /><br /><br />Ｋ『私はね、ここへ（デイ）はお仕事に来ているの。それなのに、働く前からこんな状態じゃぁ皆さんに迷惑をかけるでしょ。だから今日は帰らせていただきます』<br /><br />私「（そうか！）Ｋさんはここにお仕事にいらしてくださっているんですよね（という想いの<span class="b">受容</span>）。いつも家事のお手伝い等積極的にしてくださいますもんね<span class="b">（承認）</span>。それなのに、それをやる前から体調が悪くては、ここに来る意味が無いとお考えなんですね。<span class="b">（傾聴）</span>やらなければいけないことができない、更に体調も悪くて迷惑をかけることも心苦しい。そういうことが何よりもお辛いんですね<span class="b">（受容）</span>」<br /><br />Ｋ『そうなのよ。私がここでご迷惑をかけるんじゃぁ、申し訳なくって。。。』<br /><br /><br />（無言で手を握り、背中をさすりました）<br /><br />（Ｋさんはこんな想いを持ってデイに来てくださっているんだ・・・そう感じ、それができないこと、できないことによって崩れる自分の存在価値、更に他人に迷惑をかけるという一番Ｋさんが嫌なことが何より辛いんだ）<br /><br /><br />私「（Ｋさんの中の大切な想いや価値観を受け入れてそれを感じた上で）お仕事が出来ないこと、そして迷惑をかけるというＫさんが一番嫌なことをしなければいけないことが何よりお辛いんですね。辛いですね・・・Ｋさん・・・<span class="b">（共感）</span>」<br /><br />Ｋ『そうよぅ。だから今日だけは帰らせて頂戴』<br /><br />私「そんな想いを持ってここに来てくださっているんですね。ありがとうございます。Ｋさんはずっとそうやって人様のことをまず第一に考えて、ご自分は控えることを大事にされてきたんですね。私たち若いものにはできないような本当に見習うべきことだと思います。<span class="b">（承認）</span>」<br /><br />Ｋ『それほどでもないけどね。私は兄弟の中で長女だったでしょ。だからそれが当たり前だったのよ』<br /><br />私「私も長男ですが、Ｋさんみたいな生き方をしっかりと続けることは難しいですよ。そんな生き方をみせていただいてありがとうございます<span class="b">（承認）</span>」<br /><br />Ｋ『うん・・・（少し興奮がおさまってきました）』<br /><br /><br />私「今は先ほどよりはご体調落ち着かれましたか？」<br /><br />Ｋ『うん、そうね』<br /><br />私「Ｋさんのお気持ち、私やっとわかったと思います。そんな想いがあったんですね。今後は車の順番を考えさせていただきます。他に何か私にできることはありますか<span class="b">（質問）</span>」<br /><br />Ｋ『そうね～・・・』<br /><br /><br />私「まだお帰りになりたいですか？それでしたら、もう少し落ち着かれるまでこちらで少しお休みになりませんか<span class="b">（提案）</span>」<br /><br />Ｋ『そうね、そうさせてもらうわ』<br /><br /><br /><br />それから静養室で10分程横になられたＫさん。<br /><br /><br /><br />私「Ｋさん、ご体調いかがですか？」<br /><br />Ｋ『そうね。さっきより大分良くなったわ。ありがとうね』<br /><br />私「それはよかったです。。。。Ｋさん、申し訳ないんですが・・・（笑）ちょっとお勝手の人手が足りなくて、お野菜の皮をむいていただけたらとっっっても助かるんですが・・・<span class="b">（提案）</span>」<br /><br />Ｋ『（パッと明るく満面の笑みで）やらせてちょうだい。私がやる分をやっちゃぁダメよ♪』<br /><br /><br /><br />文言はだいたいこんな感じでのやり取りだったと思います。<br /><br />私がやったことは自分の価値観はとりあえず横に置いておいて、前半は徹底してＫさんの想い、価値観を大切にすることでした。<br /><br /><br />傾聴によって想いを引き出し<br />受容によってその出てくる想いを全て受け入れて肯定し<br />そのことに秘められた想いに共感し<br />その中から見えたＫさんの想いと価値観そのものを承認したのです。<br /><br /><br />そうするだけでも、人は自分の価値観＝自分自身を大事にされたと感じてくださいます。<br /><br /><br />そこから後半は自分の価値観を少し持ってきます。というか、やらなければならない方向性との兼ね合いを探るのです。<br /><br /><br />質問によってＫさん自身の内省を促し、選択肢を広げ<br />提案によってこちらの方向性とＫさんの主体的な自己決定をすり合わせる<br /><br /><br /><br />私のやりとりも少し至らない部分もありますし、今書いて見返すと恥ずかしく、もっと違う言葉掛けもあったのに・・・と反省もします。<br />ただ、<span class="b">Ｋさんの想いと価値観を大事にしよう！ということだけは一貫して持っていた</span>つもりです。<br /><br /><br /><br />この記事は、困った時のうまいコミュニケーションのやり方をしめしたものではなく、どんな時にあっても相手の価値観＝相手自身を尊重することの大切さをお伝えしたいのです。<br /><br />展開方法は人によって異なります。私自身も含め、基本スキルをうまく使いこなせない人、瞬間的自己覚知ができず価値観同士の衝突が起きてしまう人もいます。<br />しかし、スキルはいずれ身に付きます。それよりも大事なことがあります。<br /><br /><br /><br /><span class="y">相手の価値観を尊重する、と心に決めて向き合うこと！</span><br /><br /><br />これだけは誰でも決心すればできるはずです。しかし、これを決心しなければ絶対に相手の価値観を尊重することはできないでしょう。<br /><br /><br />自分自身の体験があれば一番良いのですが、人は自分を大切にされた時は本当に嬉しくなりますし、心を開くことができるようになります。<br /><br /><span class="b">相手を自分の価値観で動かそうとするのではなく、相手の価値観を大事にして、相手自身に動こうと思っていただくようにしたいですね。</span><a name="more"></a>

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<title>[PR]注目のキーワード「ジェイソン」</title>
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<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=486766&sid=kintokaigo&tid=seesaa_hotspot&k=13%E6%97%A5%20%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&hid=35">13日 ジェイソン</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=486766&sid=kintokaigo&tid=seesaa_hotspot&k=%E6%98%A0%E7%94%BB%20%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&hid=35">映画 ジェイソン</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=486766&sid=kintokaigo&tid=seesaa_hotspot&k=%E6%9D%A5%E3%82%8B%20%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&hid=35">来る ジェイソン</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=486766&sid=kintokaigo&tid=seesaa_hotspot&k=%E6%80%96%E3%81%84%20%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&hid=35">怖い ジェイソン</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=486766&sid=kintokaigo&tid=seesaa_hotspot&k=%E9%9B%A8%20%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&hid=35">雨 ジェイソン</a>
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<dc:date>2009-11-03T05:54:25+09:00</dc:date>
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<title>価値観の尊重方法①～瞬間的自己覚知～</title>
<description>2009年10月28日人の生活は千差万別で、人それぞれの生活習慣があります。こだわりがあります。私はトイレの蓋を閉めるのが何となく嫌なんです。開けたままにします。私はベルトを右から入れます。だからバックルに絵柄があると、逆さまになるので絵柄がないベルトをします。私は抱き枕を抱いて寝ます。なんだか昔から何かにしがみついて寝るのが好きなのです。私は思ったことをわりとハッキリ言うタイプです。私は好きなものを最後に残して食べます。こうした“こだわり”を形成しているものがその人の『価値...</description>
<dc:subject>コミュニケーション</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-28T07:59:07+09:00</dc:date>
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2009年10月28日<br /><br /><br />人の生活は千差万別で、人それぞれの生活習慣があります。こだわりがあります。<br /><br />私はトイレの蓋を閉めるのが何となく嫌なんです。開けたままにします。<br />私はベルトを右から入れます。だからバックルに絵柄があると、逆さまになるので絵柄がないベルトをします。<br />私は抱き枕を抱いて寝ます。なんだか昔から何かにしがみついて寝るのが好きなのです。<br />私は思ったことをわりとハッキリ言うタイプです。<br />私は好きなものを最後に残して食べます。<br /><br /><br />こうした“こだわり”を形成しているものがその人の『価値観』なのです。<br /><br />価値観はその人の成育歴や教育歴、家庭環境や時代、文化等によって異なります。また人間なら誰でも持っているというような心理法則なども加わり全く同じ人はいません。ほぼ同一の生育環境で育つ双子でも同じ全く同じ性格に育たないですしね。そこからその人が形づくられているのです。<br /><br /><br />すなわち、<span class="b">『千差万別な価値観から形成されるこだわりの集合体がその人らしい生活』</span>と言えるでしょう。<br /><br /><br />私たち介護職は“その人らしい生活を支援する”とよく言われますが、それは言い換えると『その人の価値観を尊重する』ということになりますね。<br /><br /><br />しかし、相手が価値観を持っているならば、自分も独自の価値観に基づくこだわりがあります。ですから人は衝突したり、相入れなかったり、嫌ったり、離れたりするのです。<br /><br />この価値観を尊重するということをしなければ、プロの介護職ではありませんね。<span class="b">価値観を尊重する方法</span>前半を今日は書いてみたいと思います。<br /><br /><br /><br /><br />朝のデイサービスお迎えのエピソードです。<br /><br />一番にお迎えに行ったＫさん。40分以上車に揺られたため、車酔いをしてしまったようで少し気分が悪そうでした。到着して他の方が降りる中で開口一番。。。<br /><br /><br />「なんでこんなにグルグル回って連れまわされて・・・（やや難聴なので大声）いったいどういうことなの！？みなさんにご迷惑をかけるし、こんなんじゃぁ私はもう二度と来ません！今日は帰らせていただきます！」<br /><br /><br />対応した職員Ｅはとにかく驚き、降車してもらおうと焦っていました。<br /><br /><br />「Ｋさん疲れてしまったんですね！そんなこと言わないでくださいよ。とりあえず降りて休みましょうか？」<br /><br /><br />しかしＫさんの声はご近所に届くほどになり、降車途中だった男性利用者さんも「うるさいなぁ」という感情が顔に表れて爆発しそうでした。<br /><br /><br />職員Ｅは近所の目、他の利用者の目、デイを始めなければいけない時間的切迫感等でますます焦り、とにかくＫさんを急かそうとしていました。<br /><br /><br />この時の職員Ｅの想いはおそらくこんな感じだったでしょう。<br /><br /><br />「早くしてよ！」<br />「何でいつもと同じ時間とコースで車に乗ってるじゃない！？」<br />「頑固だ。わがまま言って」<br />「迷惑掛けたくないって言って迷惑掛けてるじゃない！？」<br /><br /><br /><br />このまま職員Ｅが対応していると良くない方向へ行きそうだったので交代しました。<br /><br /><br />さて、この時の見直すべき点は一つです。<br /><br />つまり「Ｋさんの想いを無視して、職員側の価値観でＫさんの行動を決めようとしていたこと」です。<br /><br /><br /><br />ではどうすれば良かったのでしょうか？<br /><br /><br /><br />職員Ｅと交代した私はスキルとして<span class="b">「傾聴」「質問」「受容」「共感」「承認」「提案」</span>を使いました。<br /><br /><br /><br /><br />え？基本的で当たり前のスキルだろって？<br /><br /><br /><br /><br />そうです。対人援助、特に介護で相手の価値観を尊重する方法はこの６つのスキルが最根底にあるスキルだと私は考えています。この上で介助技術やその他の援助技法が活きてくるのです。しかし、この基本スキルがなかなか難しいのです。<br /><br />ただ、今日は基本スキルを発揮させるための前提スキルのお話を先に書いてみます。<br /><br /><br /><br />大事な前提スキルは実は相手の想いを知ろうとすることではなく、<span class="b">自分のその時の想いや価値観に気付くこと</span>なのです！<br /><br /><br />専門用語で言うと<span class="y">『自己覚知』</span>ですね。<br /><br /><br />ソーシャルワークの重要なスキルの一つですが、ここでのポイントは、「常日頃自分の価値観や能力、性格、個性を知り、感情、態度を意識的にコントロールする」という自己覚知ではなく、より現場レベルの自己覚知、利用者の生のアクションに対して自分が抱いた感情や態度、それに起因する価値観をリアルタイムで気付ける<span class="y">『瞬間的自己覚知』</span>（今なんとなく名付けてみました）が必要だということです。<br /><br />受容とか共感を教科書でみると「自分の感情や想いは横に置いておいて相手のあるがままを～」等と書いてますが、瞬間的自己覚知はその“横に置いておくもの自体を知る”スキルと言えます。<br /><br /><br />瞬間的自己覚知ができると、相手のアクションに対して自分が抱いたもの、それに起因するであろう言動をコントロールすることができるのです。<br /><br />物事は何か原因があるとわかるから対処したり対応することができるのです。<br /><br />瞬間的自己覚知ができるからこそ、次の基本スキルに展開できるのです。できないと職員Ｅのような自己の価値観に流された行動（結果）になってしまいます。<br /><br /><br /><br />上記のエピソードを解説しますね。職員Ｅは自分の中にある<br /><br /><br />「早くしてよ！」<br />「何で？いつもと同じ時間とコースで車に乗ってるじゃない！？」<br />「頑固だ。わがまま言って」<br />「迷惑掛けたくないって言って迷惑掛けてるじゃない！？」<br /><br /><br />という感情と、Ｋさんを“急かしている”という自分の態度に気付いていないのです。<br /><br />そしてこの職員Ｅを突き動かしている価値観は次の二つです。<br /><br />①「集団行動ではみんなと一緒にした方が良い」<br />（職員Ｅの短所であり長所であるところで私もいつも助けられていますが、みんなと一緒に行動を共にして得られる様々な感情や想いは良いものだという価値観を持ってます）<br /><br />②「コントロールの心理法則」<br />（人は自分の想いや行動の実行に制約や制限があると違和感や反発を覚えるという人間なら少なからずみんな持っている心理法則です。自分の思い通りにしたいというもの）<br /><br /><br />職員Ｅはエピソード中の状況に対する自分の中にある感情、態度、価値観の瞬間的自己覚知ができませんでした。したがって、職員Ｅは自分の感情、態度、価値観を横に置いておくことができず、それらに素直に従った行動＝“Ｋさんを急かす”ということを実行してしまったのです。<br /><br /><br />瞬間的自己覚知は難しいです。このエピソードでも、私は職員Ｅの対応を客観的に見ていたから交代した時にはすでにできていたのですが、いざ自分が職員Ｅの立場だったら同じように焦ってしまっていたかもしれません。<br /><br />これをするためには、一歩引いて自分を見ることができなければいけません。難しいですね。。。<br /><br />どうすれば瞬間的自己覚知や一歩引いて見るということができるか。また違う記事で書いてみます。<br /><br /><br /><br />次回はＫさんとの基本スキルを交えたエピソードの続きです。<br /><br />次回はコチラ<a href="http://kintokaigo.seesaa.net/article/131890416.html">『価値観の尊重方法②～基本スキルと決心～』</a><a name="more"></a>

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<title>見守りとは何だろうか</title>
<description>2009年10月24日先日新規の利用者さんがいらっしゃいました。他のデイサービスに長い間通い、週一回うちのデイを新たに増やしたＳさんです。Ｓさんがお昼過ぎにポツリとおっしゃいました。「ここは年寄りを一人で歩かせるんだなぁ。危なっかしぃ」うちのデイでは基本的に歩ける方には歩いていただきますし、見守りで大丈夫な方は見守りで歩いてます。もちろん介助が必要な方は介助します。介助が必要な方以外に歩いていただくこと、言い換えるとスタッフがピッタリと付かないことは、利用者さん一人ひとりの状...</description>
<dc:subject>介護の専門性とケア論</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-24T22:52:52+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年10月24日<br /><br /><br />先日新規の利用者さんがいらっしゃいました。他のデイサービスに長い間通い、週一回うちのデイを新たに増やしたＳさんです。<br /><br /><br />Ｓさんがお昼過ぎにポツリとおっしゃいました。<br /><br /><br />「ここは年寄りを一人で歩かせるんだなぁ。危なっかしぃ」<br /><br /><br />うちのデイでは基本的に歩ける方には歩いていただきますし、見守りで大丈夫な方は見守りで歩いてます。もちろん介助が必要な方は介助します。<br /><br /><br />介助が必要な方以外に歩いていただくこと、言い換えるとスタッフがピッタリと付かないことは、利用者さん一人ひとりの状態を把握しており、その人のできる能力をこちらで抑制せずに、最大限発揮していただこうという意図的なアプローチであり、決して放置ではありません。<br /><br />Ｓさんは年寄りにはみんな介助が付くのが当たり前で、ここの職員は冷たいと思われたようです。本人の中の常識なのか、他のデイでの常識なのか…<br /><br /><br /><br />それだけなら良いのですが、Ｓさんと同時期に他事業所からいらした研修生の方も同じことをおっしゃいました。<br /><br /><br />「こちらでは利用者さんを一人で歩かせても大丈夫なんですね？みなさんお元気みたいですもんね」<br /><br />「チガう！」とツッコミを入れたくなります。<br /><br /><br />私たちのデイではその人の残存機能を発揮する生活の中のリハビリを大切にしてます。自分たちのやり方に自信があります。<br /><br />しかし、ふと両者のご意見を正面から受け止めてみると「確かに危ないかもしれない」と思いました。<br />どんな健康な人でも転ばないことはありません。私もよくつまづきます…<br />ですから、利用者さんの能力を把握しているといってもそれは主観的なもので確実な保証はありません。<br /><br /><br />『もしかしたら自分たちは怠慢で、相手のことを過信し過ぎているかもしれない。リスクを考えなさすぎてるかもしれない』<br /><br /><br />と感じました。<br /><br /><br />しかし、利用者さんに対して<br /><br />「事故が起きたら困るから」<br />「転倒したら大変だから」<br /><br />という理由で<br /><br />「座っててください」<br />「ちょっと待っててください」<br />「動かないでください」<br />「後でやりますね」<br />「一人でやらないでください」<br /><br />という介護職都合による言葉の抑制、それによる心の抑制はしたくありません。そしてその人が持ってる力を発揮する機会を奪いたくありません。<br /><br /><br />これまでの介護はこれらのリスクを抑えるために要介護者の主体性と自立（律）性を抑えるリスクを取ってきたのです。<br /><br /><br /><br />しかしこれからの介護はそうではないはずです。<br /><br /><span class="b">起こり得るリスクは最小限に抑え、要介護者の生きる内在的力を発揮させる最大限のリターンを得られる可能性を探していくこと、そういう高度なスキルとしての</span><br /><br /><br /><span class="y">『見守り』</span><br /><br /><br />ができることが必要です。<br /><br /><br />見守りは単に“いつでも手を貸せる”という介護職の状態や行為ではありません。<br /><br /><span class="b">見守りをするには、何故見守るのか、見守りによって何を目指すのか、見守れる相手の力の範囲、手を貸すタイミングや必要性を知り、チームで共有し、そして必要な時に実行できるまでが『見守り』です。</span><br /><br /><br />また、見守りは日本人が最も苦手とするスキルです。<br />思いやり、察し、気遣い、人助けを美徳とする日本人の国民性はジッと見守ることができず、つい手を貸したくなるのです。私もそうです。<br /><br />日本人の国民性を克服して介護のプロとしての見守りスキルを身につけたいものです。<br /><br /><br /><br />さて、ふと思いましたが、『見守り』は別の漢字で書くと<br /><br /><br /><span class="b">『看る（見）護る（守り）』<br /><br /><br />つまり『看護』</span>になることに気付きます。<br /><br /><br />この看護は現代的な看護の意味ではなく、ナイチンゲールが示した<br /><br /><span class="b">『その人の内在する自然治癒力が最大限に発揮される環境を整えること』</span><br /><br />という意味だと捉えます。<br /><br />実はこの環境に私たち介護職も含まれているのです。ＩＣＦでも言われてますね。環境因子です。<br /><br /><br />リスクばかりを気にして相手の力を抑制するならば、私たちは単なる阻害因子と化します。また、相手の内在する力を信じられず、安易な手助けをしてしまう優しさも、やはり時に阻害因子となります。<br /><br />逆に優れた見守りによって相手の力を発揮させられるならば、私たちはその人の促進因子になることができます。<br /><br /><br /><br />あなたは目の前の人の阻害因子になりますか？それとも促進因子になりたいですか？<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://kintokaigo.seesaa.net/article/130766226.html">
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<title>問題ケースと言われる人たち</title>
<description>2009年10月20日以前の職場でこんな女性がいました。Kさん８０代女性。一人暮らし。統合失調症。猫一匹。結婚歴はあるがずっと前に離婚。親類縁者なし。ご近所づきあいも無し。生活保護。訪問介護で女性スタッフ限定のお宅でした。週に２回掃除と買物の訪問でした。しかし、介護拒否やスタッフへの悪言雑言、罵倒がものすごく、スタッフの不満も相当なものでした。正直な話、依頼してきたケースワーカーも困難ケースだということをわかっていたので、こちらから断ろうかとも思っていました。スタッフの消耗に...</description>
<dc:subject>失敗談</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-20T20:54:32+09:00</dc:date>
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2009年10月20日<br /><br /><br />以前の職場でこんな女性がいました。<br /><br />Kさん８０代女性。一人暮らし。統合失調症。猫一匹。結婚歴はあるがずっと前に離婚。親類縁者なし。ご近所づきあいも無し。生活保護。<br /><br /><br />訪問介護で女性スタッフ限定のお宅でした。週に２回掃除と買物の訪問でした。<br /><br /><br />しかし、介護拒否やスタッフへの悪言雑言、罵倒がものすごく、スタッフの不満も相当なものでした。正直な話、依頼してきたケースワーカーも困難ケースだということをわかっていたので、こちらから断ろうかとも思っていました。スタッフの消耗に見合う客単価ではないと当時の私は思っていたものです。<br /><br /><br /><br />ある日、請求書と領収書の記載が違うというクレームをKさんからいただきました。介護請求ソフトを更新した際に起きた不手際でした。<br /><br /><br />私は早速Kさん宅に謝罪に行きました。<br /><br /><br />「帰れ！」<br /><br />「おまえらの会社を潰してやる！」<br /><br />「私を騙して金をふんだくろうってんだろ！」<br /><br />「私の気持ちがわかるもんか！」<br /><br />「助けて！男がか弱い老婆を食い物にする～！」<br /><br />「警察を呼ぶぞ！」<br /><br /><br /><br />平々凡々な家庭で育った私にとって、浴びせられたことのない罵声でした。家にも入れてもらえず、２階から何かを投げ付けられました。ご近所の目もあって私は恥ずかしくて逃げ帰ってきました。<br /><br /><br /><br />早速上司に報告し、スーツ姿の男３人で謝罪に行きましたが結果は同じでした。<br /><br /><br /><br />Kさんの対応が協議されました。<br /><br /><br /><br />と言っても請求をどうするか？という内容です。<br /><br /><br /><br />当時の自分がしていた介護は介護ではなく、サービス業だったんだなぁと振り返ります。<br /><br /><br /><br />結局、身寄り縁者もいない、契約を切ったところで大して信頼に影響しないだろう、という結論です。こういうKさんに張られるレッテルは・・・・<br /><br /><br /><br /><br />『回収不能』<br /><br /><br /><br />です。<br /><br /><br /><br /><br />現場のスタッフたちもKさんの訪問がなくなることに安堵の表情でした。とにかく、労いと励ましの言葉で頼み込んでスタッフを現場に送り出していたので、私としても悩みの種が一つ消えて嬉しかったくらいです。<br /><br /><br /><br /><br />しかし、Kさんが本当は何を求めていたのか？どうしてあそこまで人間不信だったのか？彼女の歩んできた人生に何があり、何が今のKさんを生んだのか？<br /><br />そんなことを考える由もありませんでした。<br /><br /><br />スタッフから「どうしてKさんは介護拒否があそこまですごいんですかね？」の言葉に<br /><br />私「精神病だからじゃないですかねぇ？」と言ってたことを思い出しました。<br /><br /><br /><br /><br /><br />Kさんは困難と呼ばれるケースで、私が介護職として見捨てた人の一人です・・・<br /><br /><br /><br /><br /><br />今の職場では、その人の言動や状態、様子がなぜ起きているのかをしっかり見定めようとするところです。<br /><br />その人の生活歴、人間関係性、経済面、健康面などあらゆる方向から可能な限り見極めます。そして、それらから現在のその人を構築していることを知った上でそのこと全てを受け入れるのです。<br /><br /><br />介護拒否がある、口が悪い、人を信用しない、暴力がある、家がゴミ屋敷・・・<br /><br /><br />これらの言葉はそれだけを見ると、言葉以上にその人のレッテルになってしまいます。しかし、そのレッテルには必ず訳があるのです。それをまず知ろうとして、それを受け入れ、そこからどう支援していくかを考えなくてはなりません。<br /><br /><br /><br />介護の本質を「その人の人生を良いものだったとご本人が思えるようにする支援」だとすると、それができるのはかけがえのない誰かと出会えているかです。人が生きる意味は他者との関係性の中に見出すことができるのです。<br /><br />私たち介護職にとって上記のような人たちは一番の腕の見せ所、介護職として成長させてくださる人たちなのです。<br /><br /><br />人間不信に陥り、誰も支援してくれる人がいない、つまり『人との関係性が無い』『人との関係性を拒否している』人たちを『誰かを信用する』ようにするには相当の専門性と人間性が必要になります。<br /><br />しかし、その人が人生の終わりに出会う私たち介護職がそのような人にならない限り、その人の人生は不信と欺瞞と絶望で終わることでしょう。<br /><br />もちろん、介護職本人がならずとも、その信用する誰かと“つなぐ”ことでもよいのです。<br /><br /><br /><br /><br />困難ケースというのは単に重度介護度とか、重度認知症というものではありません。<br /><br />困難ケースと人々が言ってしまうのは、こちらから関係性が作りづらい人です。だって向こうが拒否してるんですから。やりにくいですし、扱いづらいです。<br /><br /><br />でも、こういう人たちにこそ、人との関係性を持っていただいて、人生を良かったと終えてほしいのです。<br /><br /><br />そして、そういう人との出会い、経験こそ、私たち介護職が介護の本質を身につけるための最高の宝になるのです。<br /><br />こういうケースを乗り越えた先こそ、後々の語り草、事例として話せる人になるのです。<br /><br /><br />私にとってKさんは介護職としては大変大きな失敗談です。何もせずに、せっかく出会えたチャンスをこちらから拒否したようなものです。。。。<br /><br /><br />ということで、今現在自分の職場にいる困難ケースと呼べる人にもう一度向き合ってみませんか？<a name="more"></a>

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<title>対人援助職としての基本</title>
<description>2009年10月18日Ｄさん女性、要介護１。ご主人と二人暮らしです。夫婦で長年定食屋さんを営み、多くの人の空腹を満たしてきました。東北なまりのある、かわいらしい方で、控えめなご性格。地元では定食屋の優しい人柄のおやじさんとおかみさんでした。数年前Ｄさんが突然動けなくなり、入院。退院後は自宅療養でした。そしてうちのデイとヘルパーを利用し始めました。原因は不明、とくに大きな病も障害もないのですが、元々気弱なＤさんは自宅に引きこもりがちになりました。長年夫婦二人で休みも少ない中で頑...</description>
<dc:subject>個別介護日記</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-18T06:09:24+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年10月18日<br /><br /><br />Ｄさん女性、要介護１。ご主人と二人暮らしです。夫婦で長年定食屋さんを営み、多くの人の空腹を満たしてきました。<br />東北なまりのある、かわいらしい方で、控えめなご性格。地元では定食屋の優しい人柄のおやじさんとおかみさんでした。<br /><br />数年前Ｄさんが突然動けなくなり、入院。退院後は自宅療養でした。そしてうちのデイとヘルパーを利用し始めました。<br /><br /><br />原因は不明、とくに大きな病も障害もないのですが、元々気弱なＤさんは自宅に引きこもりがちになりました。<br /><br />長年夫婦二人で休みも少ない中で頑張ってきた過労だったのでしょうか。<br /><br />間もなく、一人で切り盛りするには限界があり、ご主人も店をたたみました。お子さんもそれぞれの生活があるので、本当に二人きりの”生活”だけの暮らしが始まりました。<br /><br /><br /><br />Ｄさんは週一回のデイサービス利用でしたが、月二回程しかいらっしゃいませんでした。<br /><br /><br />「何だか体調が悪くてね…」<br />「行きたいんだけど迷惑になるから…」<br /><br /><br />体調不良のため通院もされますが「どこも悪くない」と医者に言われ続けました。。。<br /><br /><br />実際、医療的原因は無いのでしょう。<br /><br /><br /><br />つまり<span class="b">『生活不活発病（廃用症候郡）』</span>です。<br /><br /><br /><br />介護職としては一番の大敵です。<br />外に出なかったり、人と会わなかったり、心身に刺激が少ない生活が続いた末に起きる、ある意味人為的な寝たきり病です。<br /><br /><br /><br />ヘルパー、デイ、ケアマネ、担当医、Ｄさんのお子さん。夫婦に関わるみんながＤさんに生活不活発病のことを伝え、デイの利用や外出を勧めました。<br /><br />しかし、Ｄさんの閉じこもりは変わらず、しかし、月に二回程は必ずデイにも来るのでした。<br /><br /><br /><br />辛いですが、最大の原因はご主人です。<br /><br />優しくＤさんに「寝てなさい」と気遣い、食事から洗濯、時には排泄の手伝いまでしてくれる過保護ぶり。<br /><br />Ｄさんはデイで嬉しそうに「お父さんが何でもしてくれるんだよね」と苦笑いしておっしゃいました。<br /><br /><br /><br />長年妻に苦労をかけた男性が他者に頼らず、できるだけ自分で身の回りの面倒を全てみようとして妻を囲い込んでしまう・・・男性による妻の介護の典型的一例です。<br /><br />私も数ケースみたことがありますが、行く末はご主人が倒れたりギブアップして、妻は施設。または、妻がそのまま寝たきり（寝かせきり）で亡くなる。認認介護などの酷いケースでは最悪虐待に致ることもあります。<br /><br /><br /><br />約一年に渡り私たち関係者はアプローチを試みましたがＤさんの状態は低下するばかり。<br /><br />先日は歩行がかなり困難な状況になっていました。<br /><br /><br /><br />私たちはまた最悪なケースを作ってしまうのか？<br /><br /><br />無力……<br /><br /><br />そう感じてました。<br /><br /><br /><br />そんな状況を踏まえ担当のケアマネやデイスタッフと相談しました。<br /><br /><br />私「私たちは何もできないでいる。このままＤさんが低下していくのを止められないことが悔しいです。どうすればよいでしょう・・・」<br /><br />ケアマネ「私も一年間ずっと同じ悩みを抱えてきました。でも、そんな御夫婦を見ていた時思ったのです。これが御夫婦の望みであり、生き方なのではないか、と。」<br /><br /><br />・・・・・<br /><br />ケアマネ「ご主人は長年苦労をかけてきたＤさんの介護をしたいと強く思われている。今ではそれがご主人の生きがいになっている。生きる意味になっている。だからご主人にとってＤさんは元気ではダメなんです。Ｄさんの具合が悪くて、どんどん落ちていくことを望んでいるんです。」<br /><br />ケアマネ「そしてそんな御主人に対してＤさん自身もそうやって落ちていく自分に存在としての役割と価値を見出している。あのご夫婦はそうやって生きている実感を得ているのだと思います。」<br /><br />ケアマネ「私たちはもちろん、その人の生活を支援することが仕事です。でも、その前にその人たちが本当に望む、真の想いを汲んで、<span class="y">そのダメでも、できなくても、一般的に悪いと思われるものでも、それがその人たちの生き方であるんだと、まず“ありのままを受け入れて”あげなくてはならないんじゃないでしょうか。</span>最後まで援助者として彼らの味方でいることが大事なんではないか。そう考えが変わってきたんです。」<br /><br /><br /><br />私はハッとしました。<br /><br /><br /><br />これまで相手を尊重するとか、人の想いに寄り添うとかいうことが大事だと訴えてきたのに、ややもすると、自分が良いと思う方向へ、Ｄさんを軌道修正しようとしていたのです。<br /><br />自分が援助者であるがゆえに、その自覚が強いが故に、Ｄさんに対して力を持つ自分であるが故に、<span class="b">Ｄさんの生活を“直そう”としていた</span>のです。それがＤさんにとっての良い悪いではなく、私の思う、一般的な良い方向であったのです。<br /><br />生活を支援すると言いながら、原因を取り除こうとする医療モデル的アプローチをしていたと気づいたのです。<br /><br /><br /><br /><br /><span class="b">専門職であること、力や知識・技術を持っていること。それは発揮してこそ意味がありますが、全ての人に自分の専門性というハンマーをもって問題を片付けようとしたら大切なことを見失い、自分本位になってしまいます。<br /><br />もちろん、Ｄさんのように、最低限の生活維持への支援も大事です。そのことと、ご本人たちの想い、深層ニーズを汲んだ上で自分たちのハンマーを使うことが大事なんですね。その兼ね合い、ギリギリの見極めと介入、見守りに私たちの力量が問われるのでしょう。</span><br /><br /><br />これは、その人が望んでるんだからそうしましょ。という安易な自己選択自己決定的なものを肯定するのではなく、その人たちの真の想いと、それが一般的にダメなものであっても受け入れて、その先に援助者としてどのような支援を考えるかが大事であり、ダメなことに対してまず介入しようとすることの危惧をお伝えしたいのです。<br /><br /><br />難しいケースですが、対人援助職として一番大事なことを教えていただきました。<a name="more"></a>

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<title>専門家と介護現場の連携</title>
<description>2009年10月14日前回の記事と重複するような内容ですがご容赦ください。職場で勉強会があるためそのレジメを作っていました。内容は『認知症の人の介護に良いと言われる支援方法を知る』というものです。深める内容ではなく、認知症の方の介護に良いといわれるような各種方法や療法を広く浅く“知る”ことがメインでした。認知症の人に効果的といっても実に広範です。ざっと挙げてみます。園芸療法、運動療法、回想法、ＲＯ法、ペット療法、アロマ療法、タクティールケア、絵画療法、バリデーション、コラージ...</description>
<dc:subject>介護業界を分析</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-14T06:55:48+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年10月14日<br /><br /><br />前回の記事と重複するような内容ですがご容赦ください。<br /><br /><br />職場で勉強会があるためそのレジメを作っていました。<br />内容は『認知症の人の介護に良いと言われる支援方法を知る』というものです。深める内容ではなく、認知症の方の介護に良いといわれるような各種方法や療法を広く浅く“知る”ことがメインでした。<br /><br /><br />認知症の人に効果的といっても実に広範です。<br /><br />ざっと挙げてみます。<br /><br />園芸療法、運動療法、回想法、ＲＯ法、ペット療法、アロマ療法、タクティールケア、絵画療法、バリデーション、コラージュ療法、音楽療法……<br /><br />まずその多さに驚き、いかに認知症の方に対する効果的な支援方法が模索され取り組まれているかということがわかります。<br /><br /><br /><br />さて、これらを調べていくと色々なことを考えました。<br /><br /><br />まず、それぞれの支援方法についての職能団体的なものが存在している（○○療法士会、○○セラピー協会等）こと、そして認定資格や研修修了、講師養成等がなされていること、中には専門学校等によって養成されているものもたくさんあります。<br /><br /><br />全てが全て認知症の人を対象にしたものではありません。<br /><br /><br />例えば音楽療法等は広く子供から現役世代、高齢者までを対象にしており、その中で認知症の方に効果が見られる療法であるというものです。<br /><br /><br /><br />さて、元々音楽分野を学んでいた人が療法として昇華させたり学びを深めて療法士等になる場合を除いて、これらの支援方法は認知症の方の介護をより良いものにしようと”現場の介護職”が学びにくるものだと思います。<br />認知症の方の介護を学ぶため、専門的により効果がある療法を学ぶのですね。<br /><br /><br />これらは民間資格であり、それぞれの知識技術を習得したとしても公的に待遇が認められているわけではありません。<br />ですから、各職能団体は自分たちのセラピーや方法論の有用性を追究したり、受講者養成を進めるのでしょう。そして、アセスメントや計画、モニタリングなど、より専門的な療法を確立しようとされているそうです。<br /><br /><br />しかし、現場の介護職が学んだスキルを現場で活かそうとする場合、例えば、園芸療法や音楽療法などについてそれぞれの利用者さんのその療法におけるアセスメントや計画、モニタリングをしてその効果などを図ることをする時間的、人員的余裕があるでしょうか？<br /><br /><br /><br />「これからは利用者さんの認知症状を穏やかにするめに“○○療法”をやります！！職員の皆さんはこの療法を専門的に展開するために、しっかりとしたアセスメント、療法実施前後の変化などを記録して振り返り、継続的に実施していきましょう！」<br /><br /><br />よっぽど力を入れている事業所でない限り、そんな余裕はないですね。一部の熱意のある方に業務が偏ります。あまり活かせないと感じた場合は、教える側になって独立されたりしますね。せっかく学んだことを現場でじかに活用する機会が減ってしまいます。。。<br /><br /><br />しかし、私がこれまでお会いした○○療法士という資格をお持ちの講師の方々などは、こういうビフォアーアフター的な効果の有用性に専門性を見出されて、「これをしたらこんなに認知症の状態が落ち着きました」とおっしゃいます。だから専門的なアプローチであり、現場には必要だと。。。<br /><br /><br />確かに、それぞれの療法は認知症の方の状態が落ち着くなどの効果が実証されているものも数多く存在しています。<br />しかし、それを一つとって専門的であるとして現場に当てはまるかといえばそうではないと思います。<br /><br /><br />また、真摯にその専門性の追求とよりよい現場を目指している方もいますが、中には身につけた療法の専門性というハンマーで全ての釘を打ちつけようとしている方もいます。そしてそのハンマーの力を信じて疑いません。<br /><br /><br /><span class="y">認知症の方に対する各種療法の専門性と、現場における介護の心。この両者がしっかりと利用者さんを中心に連携し、展開された時はじめてその効果、療法を導入する意義があるといえるのだと思います。</span><br /><br /><br />さて、考察というかいつもここに結論が帰ってくるのですが、介護業界に様々な民間資格が生まれるのは何故でしょうか？<br /><br />それは“介護”という職種そのものに専門性を見いだせていないからだと思います。<br /><br />介護は実に広範で多様な職種であります。だから介護というハンマー（専門性）は万能ではありません。故により“専門的”であるハンマーを人は求めるのです。<br /><br />目の前の人の役にたちたいから・・・<br />そのための力がほしいから・・・<br /><br />しかし、力のあるハンマーは時に初心を忘れてしまいます。<br /><br />万能ではない、しかし、この介護というハンマーこそ実は一番大事なものであり、ここを確立することが必要なのだと思っています。<br /><br /><br />まとめ・・・<br /><br /><span class="b">各種療法を学ぶことは良いことです。しかし、それだけではいけません。<br />それと同時に、介護という職種自体の本質や意義、方法論を学びそれを身につけた上で、各種療法の知識技術を活かすことで、より良い介護が展開できるのだと思います。</span><a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://kintokaigo.seesaa.net/article/129985106.html">
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<title>介護の評価はどうあるべきか？</title>
<description>2009年10月10日新しいカテゴリを作りました。『介護議論』よく「議論が必要」とか「深める必要」と書いているのに、あんまりできていないことに気付きました。本日の書きました記事、『学びを深めることは良いことだが・・・』に対して読者の方からコメントを頂戴していて、色々な方から意見を頂戴しやすい記事を書いてみようかと思いました。よくある『掲示板』的なものですね。続くか、盛り上がるかわかりませんがやってみます。お気軽にあなたのご意見を書いてみてください。よろしくお願いいたします。第...</description>
<dc:subject>介護議論</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-10T21:11:16+09:00</dc:date>
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2009年10月10日<br /><br /><br />新しいカテゴリを作りました。<br /><br /><br /><span class="b">『介護議論』</span><br /><br /><br />よく「議論が必要」とか「深める必要」と書いているのに、あんまりできていないことに気付きました。<br /><br />本日の書きました記事、<a href="http://kintokaigo.seesaa.net/article/129938044.html">『学びを深めることは良いことだが・・・』</a>に対して読者の方からコメントを頂戴していて、色々な方から意見を頂戴しやすい記事を書いてみようかと思いました。<br /><br /><br />よくある『掲示板』的なものですね。<br /><br /><br />続くか、盛り上がるかわかりませんがやってみます。お気軽にあなたのご意見を書いてみてください。よろしくお願いいたします。<br /><br /><br /><br />第一回テーマ<br /><br /><span class="b">『介護の評価はどうあるべきか？』</span><br /><br />私たち介護職が介護を提供したことによって何らかの変化や好転が利用者さんにあらわれるはずです。私たちはお給料をもらってい、意図的に介護を提供しているのです。<br /><br />専門的職業と言われるためには、その提供したことにどんな効果があったのか？どんな変化が生じたのかが客観的に表されなければなりません。<br /><br />そこで、この個別性が高くて良いか悪いかの判断がそもそも利用者本位であるという介護業界において、評価とはどうあるべきか？<br /><br />逆に、いやいや！そもそも介護に評価は必要ないと思う！！などなど<br /><br />そんなことに関してご意見をコメント欄に頂けたら嬉しいです。<br /><br />よろしくお願いします。。。<br /><br /><br />コメント欄が閑古鳥だと切ないですが・・・まぁ何事もやってみる！！（＾－＾）<br /><br />持論はコメント頂戴できたら書きます♪<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://kintokaigo.seesaa.net/article/129938044.html">
<link>http://kintokaigo.seesaa.net/article/129938044.html</link>
<title>学びを深めることは良いことだが・・・</title>
<description>2009年10月10日介護の専門性を確立して、社会的に専門的な職業だと認知されたら介護職の待遇は改善されるでしょうか？私はそれを望んでいますし、そうなるように願って介護の専門性について追求しています。しかし、仮に社会的に認められる専門職になったとしても、介護職全員の一律ベースアップということはかなり実現困難だと思います。理由は、一律にアップさせるには介護の職業特性と専門性を示すだけの評価スケールが存在しないからです。つまり、介護職のアプローチがいかに高度な専門性に裏付けられて...</description>
<dc:subject>介護業界を分析</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-10T07:25:30+09:00</dc:date>
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2009年10月10日<br /><br /><br />介護の専門性を確立して、社会的に専門的な職業だと認知されたら介護職の待遇は改善されるでしょうか？<br /><br />私はそれを望んでいますし、そうなるように願って介護の専門性について追求しています。<br /><br /><br />しかし、仮に社会的に認められる専門職になったとしても、介護職全員の一律ベースアップということはかなり実現困難だと思います。<br /><br /><br />理由は、一律にアップさせるには介護の職業特性と専門性を示すだけの評価スケールが存在しないからです。<br />つまり、介護職のアプローチがいかに高度な専門性に裏付けられており、どれだけの結果が出せたか、有用性を示せたかが表しにくいため、それができる介護職は専門的であるとして、介護職全員の待遇を一律に上げることが困難なのです。<br /><br /><br />待遇アップは全員ではなく、更なる向上心を持って自己研鑽に励んだ介護職に与えられるようになるでしょう。<br />つまり、新たな資格や認定をするのです。<br /><br /><br /><br />あなたはご存知でしょうか？<br /><br />看護業界にはある特定分野の看護に長けた『認定看護師』なる人たちがいます。<br /><br />たとえば癌化学療法看護、緩和医療看護、新生児集中ケア等です。<br /><br />看護師の国家資格という基本上に更なる専門性として経験、知識、技術を身につけ、研修、試験などをパスして与えられるものです。<br /><br /><br />私は介護業界においても、ある特定分野における介護の専門性に資格なり一定の社会的評価を与えることが起こると思います。<br /><br />というか、実はすでに起きています。<br /><br />みなさんが１番ご存知なのは認知症ケア専門士でしょう。<br /><br />その他にも介護福祉士会等では介護福祉士のスキルアップや生涯学習を目指してそのような様々な分野における“認定介護福祉士”のようなものを創設する動きがあると聞きます。<br /><br /><br />介護福祉士というベースの資格に加え、認定介護士という“得意分野”を持つことで介護職は待遇アップが望めるかもしれません。<br /><br />ただし、ベースとなる介護福祉士自体が未だ専門性を持った資格とは言い切れないことも事実です。<br /><br />ヘルパーで生活援助ばかりやっていて身体介護ができない介護福祉士だってざらにいます。<br /><br /><br />その上に特定分野の専門的介護職ができても足元が揺らいでしまうのではないでしょうか？<br /><br /><br /><br />また、特定分野の“特定”とされるものは何でしょうか？<br /><br /><br /><br />それは主に病気や症状ではないかと思います。<br /><br />認知症介護士、失語症介護士、パーキンソン病介護士、ＡＬＳ介護士等。<br /><br />しかし、<span class="y">私たちが展開する介護というものは病気や症状が対象ではなく、それらを持ちながら生きにくさを抱えた“人”なのです。</span><br /><br /><br />それを忘れてしまったら、認定介護士はなまじ専門的であると社会的に認められることによって１番大切なことを見失ってしまうのではないかと危惧します。<br /><br /><br /><br />認定介護士なる特定分野の専門性によって社会的承認を得て介護職の待遇向上を目指す動きは間違いない流れだと思います。<br /><br /><br /><br />専門職としてのアイデンティティ、待遇向上、質の向上等を目指す上で、そのような特定分野の資格化や認定化が起きることは自然なことだと思います。<br />また、私たちは常に目の前の人のために力になりたいと願うからこそ更なる自己研鑽に努めます。<br />その想いが間違った方向に行かないためにも、ベースとなる資格や養成機関、現場において介護の普遍的な意義、介護の専門性というものの確立が必要なのです。<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://kintokaigo.seesaa.net/article/129687098.html">
<link>http://kintokaigo.seesaa.net/article/129687098.html</link>
<title>レッテルを貼らない方法</title>
<description>2009年10月7日2009年9月27日の記事『熱心にかかわり続ける』の中で、“相手にレッテルを貼らない”ことが大事だと書きました。重要性については言及しましたが、少し理想論というか綺麗事な内容になってしまったので、じゃぁ実際にレッテルを貼らないようにするにはどうしたらいいのか？そのポイントについてお話します。まず、人にレッテルを貼るとはどういうことでしょうか？辞書に（載ってるもんですねf^-^;）よるとレッテルを貼るとは『人や物事の多様性を無視して、単純な類型（パターン）の...</description>
<dc:subject>コミュニケーション</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-07T08:15:28+09:00</dc:date>
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2009年10月7日<br /><br /><br />2009年9月27日の記事<a href="http://kintokaigo.seesaa.net/article/128949534.html">『熱心にかかわり続ける』</a>の中で、“相手にレッテルを貼らない”ことが大事だと書きました。<br /><br />重要性については言及しましたが、少し理想論というか綺麗事な内容になってしまったので、じゃぁ実際にレッテルを貼らないようにするにはどうしたらいいのか？そのポイントについてお話します。<br /><br /><br /><br />まず、人にレッテルを貼るとはどういうことでしょうか？<br /><br /><br />辞書に（載ってるもんですねf^-^;）よるとレッテルを貼るとは<span class="b">『人や物事の多様性を無視して、単純な類型（パターン）の枠組みで捉えて、その類型の名前で呼ぶこと』</span>だそうです。<br /><br /><br />例えば、声かけや御誘いにもほとんど反応せず、黙り込んでいる男性利用者さんを見ると<br /><br />「あぁ、この人は寡黙な人だ」<br />「無愛想な人だ」<br />「人づきあいが悪い」<br /><br />という印象が自分の中に残り、その印象をもしかしたらその日は体調が悪いだけだったかもしれない、お腹が痛くてウンチを我慢していたかもしれない、ただ耳がとても悪いのかもしれない等の可能性を無視して、この人は「無愛想」という単純な型にはめてしまうことです。<br /><br /><br /><br />なぜ人は自分の見る一面的な印象だけで人にレッテルを貼るのか？<br /><br />それは心理学的に説明がつくのですが、詳しくは割愛します。<br /><br />簡単に言及だけすると、一種の自己の防衛機制なんですが、社会的にその人とかかわる上で、自分の理解できないような、自分の常識（こうあるべき）というものから外れる人の言動について、自分が納得する理由を自分の中で作る、そういう自分のフィルターを作っておいたほうがやりやすいという心理が働くんですね。<br /><br /><br />なので、ある意味人が人の一面的な印象に対してレッテルを貼るということは当たり前というか、自然なことと言えます。<br /><br /><br /><br />しかし、人として当たり前な心理かもしれませんが、私たち介護職がそれを持ち込んでしまってはプロの仕事はできません。<br /><br /><br />人にレッテルを貼らないようにするにはどうしたらよいでしょうか？<br /><br /><br /><br />レッテル貼りが“人や物事の多様性を無視して”というのであれば、<span class="b">多様性を無視する＝一面的に見る、ことをしなければよいのです。<br /><br />つまり、その人を多様な側面から見てみるということです。</span><br /><br /><br /><br />利用者さんが無反応で黙り込んでいる・・・・事実だけど一面的<br /><br /><br />実はお腹が痛い、ウンチを我慢している等・・・・想像だけど色々な面からみている<br /><br /><br />さて、どうすれば多様な側面から人を見ることができるのでしょうか？<br /><br /><br />ポイント１<br /><br /><span class="b">その人を見る立場を変えてみる。</span><br /><br />介護職という立場からだけではなく、家族が今の状態を見たら？他のスタッフが見たら？医師が見たら？男でなく女性が見たら？他の利用者さんから見たら？ご本人の立場から見たら？<br /><br />このように、その人を見る立場（視点）を変えて見てみることです。<br /><br />家族・・・こういう時は眠いんです<br />他のスタッフ・・・お風呂上がりだから疲れているかも<br />医師・・・いたって状態は安定している<br />女性・・・こんな女性ばかりの場所じゃ嫌よね<br />他の利用者さん・・・男性は昔からだんまりするのが普通<br />ご本人・・・お腹が痛い、、、<br /><br />立場が変わると色々と違う意見が出てきます。この多様な視点を自分一人で見れるようにすることが大事です。また、別のスタッフと意見交換をして、今の男性の状態はどんな状態だったのか？と話し合うことで真意に近づくことができます。<br /><br /><br />ポイント２<br /><br /><span class="b">焦点を変える</span><br /><br />相手を見る焦点を変えるのです。<br /><br />レッテルを貼るとは相手の言動が自分のこうあるべきという範疇を超えた時にそれを納得するために貼るものです。<br /><br />なので、そのこうあるべきという一面的な言動だけでなく、他の面を見てみるということです。<br /><br /><br />朝、家族に見送られているときの様子は？・・・家族の前では笑顔が見えた<br />他の利用者に対しては？・・・さりげない優しさや気づかいをしてくださっていた<br />以前の様子で印象的なのは？・・・カラオケのマイクを渡したら熱唱して、拍手をもらい満面の笑みだった<br /><br /><br />『声かけにだんまり』というところだけではなく、他の面からその人を見ると違った側面が見えます。<br /><br />または、パーソナルデータ等の情報からその人の違った面を見ることからも違った横顔が見えるものです。<br /><br /><br /><br />このように<span class="y">その人を見る立場を変えたり、見る焦点を変えるとその人を一面的に捉えず、多面的に見ることができ、安易なレッテルを貼らずに広い視野でその人を知ろうとすることができます。</span><br /><br />このように関わり続けること＝レッテルを貼らない＝<span class="y">『熱心に関わり続ける』</span>ことなのです。<br /><br /><span class="b">自分の中にあるレッテル貼りの心理を自覚しつつ、それでもなお、プロの介護職として支援していきましょう。</span><a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://kintokaigo.seesaa.net/article/129379571.html">
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<title>どうしてレクに参加しないか？</title>
<description>2009年10月3日私たちのデイサービスの特徴の一つは『担当制』をとっていることです。利用者定員は15人でスタッフは四人です。その日の利用者さん個々の様子、状態、希望、周りとの関係性、最近の特記事項、変化、家族関係、家庭状態等を総合的に考えて1～5人程にスタッフ一人の割合で担当につきます。そして利用者さんたちのご希望と支援計画に基づきながら午前の“活動”を展開していきます。そして午後は午前の様子を踏まえて再度担当を組み直します。その間に入浴もあります。担当制ではありますが、自...</description>
<dc:subject>個別介護の必要性</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-10-03T07:05:21+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年10月3日<br /><br /><br />私たちのデイサービスの特徴の一つは『担当制』をとっていることです。<br /><br /><br />利用者定員は15人でスタッフは四人です。<br />その日の利用者さん個々の様子、状態、希望、周りとの関係性、最近の特記事項、変化、家族関係、家庭状態等を総合的に考えて1～5人程にスタッフ一人の割合で担当につきます。<br /><br /><br />そして利用者さんたちのご希望と支援計画に基づきながら午前の“活動”を展開していきます。そして午後は午前の様子を踏まえて再度担当を組み直します。<br /><br />その間に入浴もあります。<br /><br />担当制ではありますが、自分の担当やセクショナリズムにこだわらず、臨機応変して利用者さんたちの希望に沿った活動展開をしていきます。<br /><br /><br />言葉にすると“担当制”という一言なのですが、この観察とニーズと周囲の他者や本人を総合的に考えながらご本人の希望と目標を満たす活動を展開していくには、かなりの力量がスタッフ一人一人に求められます。<br />開設10年を過ぎましたがずっとこの方法での個別介護を実践してまいりました。<br /><br /><br />私も初めは戸惑いだらけで失敗ばかりでした。今も失敗の連続ですが。。。<br /><br /><br />まぁホッとスペース中原デイサービスの方法論はいずれ。<br /><br /><br />前置きが長いですね。<br /><br /><br />今日はそんなホッとスペース中原の介護に慣れたスタッフからの違和感発言から個別介護について見ていきたいと思います。<br /><br /><br />先日ボランティアさんによる演奏会があり、利用者さん全員が参加されました。<br /><br />一応のお誘いに皆さん全員が応じられたので全員参加になりました。<br /><br /><br />演奏会はとても盛り上がり、みなさん楽しんだ様子でした。<br /><br /><br />しかし、私もスタッフも一部の男性利用者さんたちと一人の女性利用者さんの様子が気になりました。<br /><br />一言でいうと、心底楽しまれていなかったように見えたのです。<br /><br /><br />スタッフの言葉を借りると……<br /><br />「Ａさん、Ｂさん、Ｃさん、Ｄさんにとっては適した活動ではなかったですね。彼らにはもっと良い活動時間を提供できたはずです。全員参加の演奏会に私たちスタッフが安易に頼ったことが原因ですね」<br /><br /><br />とのこと。<br /><br /><br />まさにその通りだと私も思いました。<br /><br />端から見ると、ボランティアさんの演奏に合わせてお年寄りがみんなで笑顔で楽しそうに活動されているのですが、その場にいた利用者さん一人ひとりに最高の活動時間を提供できたかといえばそうではないのです。<br /><br /><br />本人が演奏会に参加されると意志表明されたこともよくよく考えると周りに流されたり、よく理解されないまま促されてしまったというのが本音かもしれません。<br /><br />その見極めをしっかりしなかったのは私たち介護職の怠慢でした。<br /><br /><br /><br />しかしながら、全員参加というものにも効果や普段見られない利用者さんを引き出す力があります。グループダイナミックスを意図的にもたらすツールとして全員参加の活動も大切です。<br /><br /><br />大切なことは<span class="y">私たち介護職が安易な方向に流されず、本当に利用者さんたちのためになっている活動かを真摯に考えて介護を展開していくこと</span>ですね。<br /><br /><br /><br />よくレクリエーション活動に参加されない方、拒否される方がいるという声を聞きます。<br /><br />それはその人の希望や嗜好、周囲の関係性等を考えずにこれをやりましょうとあらかじめ決まっているからです。誰だって“やらされる”感じが強いものには体が動かないですよね。<br /><br />また、いくら多様な趣味活動の選択肢があったとしても、それをやることの“動機、目的、目標、価値”をご本人が見いだせなければやはり体は動かないものですよね。<br />もちろん、最初からそれらを見いだせている方は少ないです。そこをいかに持っていただけるようにアプローチするかが介護職の力です。<br /><br /><br />大人数、人手不足、そのような状況の中でマンネリ化しないようにレクリエーションの内容に頭を悩ませることも痛いほどわかります。<br />しかし、<span class="y">何をやるかではなく、何故やるか？そしてどうなりたいか、なってほしいか？</span>というところから出発するような視点の転換がなければ、おそらく、どんなにレクリエーションのネタを仕入れても現状は変わらないでしょう。<br /><br /><br />色々と考えて提供した活動よりも、ご本人たちが主体的に始めた活動のほうが続きますし積極的です。<br />また、ご本人のニーズに即した活動であれば、何回やっても盛り上がります。「またこれか～」と言いながらとても楽しんでいます。色々なご本人の個性が引き出され、そしてまた関係性が深まっていきます。<br /><br /><br />今介護現場におけるレクリエーション活動は色々なフレーバーや新作を次々消費者に提供するカップラーメンやアイス、お菓子みたいになっていますね。常に飽きさせないように新しいもので関心を高めようとするのです。<br /><br />しかし実は、私たちのニーズを一番満たしてくれる定番商品ならば何年経っても食べたいものかもしれません。（日清カップヌードルとか、明治スーパーカップバニラとか、ポテトチップスのりしおとか・・・）<br />レクリエーション活動もその人のピンポイントのニーズを満たすものであればマンネリもおおいに結構かもしれませんよ。<br /><br /><br /><br />全体ではなく、個にフォーカスを絞った時に、初めて個別介護の道が開かれ、そこからご本人らしさ、尊厳、生きがいといったものが生まれます。最初から全体を盛り上げようとするのは実は一番大変です。個が元気になって初めて全体が元気になるのです。<br /><a name="more"></a>

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<title>介護におけるスピリチュアルケア</title>
<description>2009年9月30日私は福祉系の大学を卒業し、介護業界に飛び込みました。強い動機ではありませんがきっかけは祖母の死だったと思います。認知症を持っていたため、医療が必要なのに、ボケていて適切なケアができないという状態でした。どこからも断られ、たらい回しの末亡くなりました。そして、良いケアをしたい！人の役に立ちたい！苦しんだり困ってる人を助けたい！そんなことを感じ、ありがちな動機で福祉系大学に進みました。祖母がきっかけなので介護業界を選びました。業界に飛び込んですぐに何度もリアリ...</description>
<dc:subject>スピリチュアルケア</dc:subject>
<dc:creator>きんさん</dc:creator>
<dc:date>2009-09-30T06:32:46+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
2009年9月30日<br /><br /><br />私は福祉系の大学を卒業し、介護業界に飛び込みました。<br />強い動機ではありませんがきっかけは祖母の死だったと思います。認知症を持っていたため、医療が必要なのに、ボケていて適切なケアができないという状態でした。どこからも断られ、たらい回しの末亡くなりました。<br /><br /><br />そして、良いケアをしたい！人の役に立ちたい！苦しんだり困ってる人を助けたい！<br /><br /><br />そんなことを感じ、ありがちな動機で福祉系大学に進みました。祖母がきっかけなので介護業界を選びました。<br /><br /><br /><br />業界に飛び込んですぐに何度もリアリティショックを体験しました。<br /><br />いわゆる「理想と現実のギャップ」です。<br /><br /><br />学校で学んだことなんてほとんど通じない利用者さんの生の“痛み”の前に私の「人の役に立ちたい想い」は崩れていきました。<br /><br /><br />「こんな身体になったらおしまいよ」<br />「もう家族の荷物だからねぇ」<br />「最愛の人に逝かれてもう生きていく気力がない」<br />「足さえ良ければね…」<br />「早くお迎えがこないかな」<br />「もう死にたい」<br /><br /><br />いかに医療やリハビリが進歩したとはいえ、老い、病い、障害、死は避けられないものです。<br /><br />まして介護は“治す”専門家ではなく、自分たちの専門職としてのアイデンティティは何なのか自問自答しました。<br /><br /><br />何もできない自分<br />無力な自分<br />仕方ないと諦める自分<br />安易な励まししかできない自分<br />現実を見たくなくなる自分<br /><br /><br />教科書通りの綺麗事ではない、痛みを抱える相手から逃げないで、自分たちにできる支援はないのか？<br /><br /><br /><br />そんな時に出会ったのが<span class="b">『スピリチュアルケア』</span>です。<br /><br /><br />世間で話題の占いとかオカルト、ヒーリング等の意味ではなく、ＷＨＯが定義した、人が健康に存在するためのフィジカル（身体）、メンタル（心理）、ソーシャル（社会）と並んで四つ目の要素としてあるスピリチュアル（魂）です。<br /><br />スピリチュアルケアはもともと末期癌患者のホスピスから生まれたケアです。<br /><br /><br />私は上記のような利用者の悲痛な言葉を前にして自分が、一介護職として、また一人の人間として本当の意味で支援するためにスピリチュアルケアは必要な方法だと考えています。<br /><br /><br />私たち介護職は一般的に看取り介護など以外では医療者、ホスピススタッフに比べると、今まさに死を目の前にしている人を相手にすることは少ないかもしれません。死を目の前にした人や家族の悲痛な痛みは直接的に目に見え、感じるものです。<br /><br /><br />しかし、死の宣告に負けず劣らず、老い、病気、障害、その他、関係性の喪失、役割の喪失、将来や自律性の喪失に伴う自尊心の低下、そしてそんな状態で余生を生きなければならない要介護者に日々向き合う私たち介護職こそスピリチュアルケアをすることが必要ではないでしょうか？<br /><br /><br />末期癌患者などに比べ、生活不活発病、慢性疾患、在宅生活、その他の喪失体験をして生きる要介護者の痛みは目に見えづらく、私たちやご家族、本人でさえも「仕方ない」と諦めることが多いのではないでしょうか？<br /><br />中にはいつもの愚痴と捉えられることも少なくないはずです。<br /><br /><br />しかし、身体の不自由に対する支援はもちろんですが、<span class="b">要介護者が抱える生きにくさ、本当はこうありたいと願うのにそう生きられない魂の痛み（スピリチュアルペイン）こそ私たちはケアしなければいけないはずです。</span><br /><br /><br />スピリチュアルケアはカウンセリングやメンタルケアとも違います。微妙に重複する部分もありますが、今後は区別されてしっかりとしたアセスメントと支援が必要になってきています。<br /><br /><br />まだまだ未熟ですが、自分のスピリチュアルケア的な実践事例としては次をご覧ください。<a href="http://kintokaigo.seesaa.net/article/121186089.html">『痛みに隠された真の痛み』</a><br />まだまだ“ケア”と言う段階に至ってはいませんが、こういうやり取りの中から相手の魂の痛みにスポットを当てたケアが必要になってきます。その方法論などは今後勉強して発信いたします。<br /><br /><br />スピリチュアルケアは『個別介護』の大切な一つの要素であり、私たちの事業所が“良い介護”をしている、と言われる背景にはこの見えないところでのスピリチュアルケアが行われているからだと考えており、この見えない部分をどうにか言葉にしたいと日々奮闘しているところです。<br /><br /><br />私はスピリチュアルケアが介護の中で当たり前に提供されるようになる日を夢見ています。<br /><br />私自身も学び、実践し、そして経験していくために頑張ります。<br /><br />当ブログでも介護のスピリチュアルケアについて発信していきたいと思いますのでよろしくお願いします。<br /><br /><br />逃げずに、諦めずに、生きにくさを抱える利用者さんの人生を少しでも支えられる介護職になりましょう！<br /><a name="more"></a>

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